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文学に必要なすべてがある

『グローバライズ』 (木下古栗 著)

2016/05/31

 木下古栗の新刊が出た。よくお笑い芸人が、ネタをまだ見せてないのに、単に出て来ただけで会場の客が笑うという光景がテレビなどであるが、木下古栗はそれを文学の世界に持ち込んだ。著者名を目にしただけで思わず微笑を浮かべてしまうのだ。むろん書くネタそのものが面白い。読書には楽しさが備わっているべきだとしたら完全に備わっている。真剣さがあるべきというならそれもある。言葉でしか表現できないことをしなければというんなら実験精神も旺盛だ。でも、やっぱり読み易さがなければねといわれたらそれも十分ある。ここには文学に必要な何もかもがある。

 同時に、何もない。「俺はいったい何を読んでいるんだろう……」と読者は、本書に収録された短編を読み終えるごとに途方に暮れるだろう。冒頭、登場人物の一人が何事か話しかけると、もう一人の登場人物が相方よろしく応じる。「へえ、よくやるねえ、そんなこと」という具合に。読者は著者の「話芸」によって奇妙な世界へとあっけなく連れ去られる。すべてが、平凡な、日常のどこにだって転がってそうなネタから始まるから、うっかりそれに乗ったが最後、読者は、雪だるま式にふくれあがる話に巻き込まれる。回収できぬほどの過剰さが数ページの中に押し込められているため遠からずそれはあぶくのように破たんし、読者は作品世界から放り出されることになる、冒頭を読み始めたときと同じように、あっけなく。異なるのは、読者の手元には負債が残っていることである。時間の無駄という名の「負債」が。

 同時に、しかし、心に残るものがある。それは「俺はいったい何だろう」という、そんな問いである。「俺はいったい何を読んでいるんだろう」から「読んでいる」が欠落したとき、つまり本書の十二の短編をすべて読み終えたとき、木下古栗が残したのは、もっとも文学的、芸術的な問いかけだった。

きのしたふるくり/1981年埼玉県生まれ。2006年「無限のしもべ」で群像新人文学賞を受賞しデビュー。著書に『ポジティヴシンキングの末裔』『いい女vs.いい女』『金を払うから素手で殴らせてくれないか?』。

ふくながしん/1972年東京都生まれ。小説家。著書に『一一一一一』『三姉妹とその友達』『星座と文学』などがある。

グローバライズ

木下 古栗(著)

河出書房新社
2016年3月26日 発売

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