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2020/11/16

 金屏風の前で交際の事実はないと説明するちぐはぐな会見だった。しかも、どうやら明菜は会見すれば近藤との交際を認めてもらえると思わされていたようなのだ。

マッチはメリー喜多川会長の一番の“推しメン”

「明菜にとっては“だまし討ち”だった。会見を仕切ったのはジャニーズ事務所の幹部ですから。そして当時から近藤を強くバックアップしているのが、今年9月に名誉会長になったメリー喜多川氏(93)です。当時の肩書は、今のタッキーと同じく副社長でした。

 メリー氏にとっては当時から今に至るまで、ずっとマッチが“推しメン”です。公私ともに寵愛していると芸能記者の間では有名でした。娘である藤島ジュリー景子現社長(54)の結婚相手にと考えていたこともあるくらいですから。

 2015年1月に週刊文春の取材に応じて、SMAPの元マネジャーを叱責し『うちのトップはマッチです。SMAPじゃない』と言い切ったこともあった。マッチへの特別扱いは有名でしたが、これほどまでかと業界が騒然となりました」(前出・ワイドショー関係者)

1987年にリリースされた「夕焼けの歌」

 しかし金屏風事件で世間から大バッシングを受けた近藤はまずカーレースにのめり込み、テレビからは距離を置いていく。1994年には一般女性と結婚した。

「なかなか子供に恵まれませんでしたが、結婚14年目に生まれた息子さんももう中学1年生です。テレビ出演は少ないですが、東山紀之や木村拓哉といった実力のある後輩に慕われていますし、SMAP騒動の後に音頭をとって、麻布十番の中華料理屋で食事会を開いたのも近藤です。

 明菜との交際時は不誠実な面ばかりが見えていましたが、最近はジャニーズ事務所の“頼れる長男”だったので、今回の不倫には『まさかマッチが!』と驚いた関係者が多かった。昔だったら沈黙で押し通すこともできたのでしょうが、ネットで炎上する時代に滝沢副社長がどのようにして沈静化させるのか」(前出・スポーツ紙芸能デスク)

2017年にリリースされた「軌跡」

 平成の初めにメリー副社長に救われた近藤は、果たして令和の時代に滝沢副社長に救ってもらえるのか。ジャニーズ事務所の対応に注目が集まっている。

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