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2020/12/01

部活の顧問はホテルの前で「断るんか」とすごんだ

「高校生ながらにどういう場所かはわかったので、部屋に入る前に拒んだんです。何なんですかって。そうしたらその人がものすごく怖い顔になって、『断るんか、ええんやな』と脅すように言われました。その後の記憶は翌日まで真っ白です」

 翌日、体育教官室に呼び出された小野さんは、にやつく顧問の顔と、まるで教え諭すような次の言葉が忘れられないという。

「なあどうや、股に何か挟んだ感じがするやろ。それが処女なんや。普通だから大丈夫や」

 それから彼女は毎日のように、教官室に呼び出されるようになった。体育倉庫に連れて行かれてはマットの上に「伏せろ」と指示され、レイプされた。教官室には外国のアダルトビデオがあり、「これ見てみ、先生方は皆見てるんや」と強要されたこともある。

©iStock.com

「とにかく競技に必死だったし、続けるためには逆らえない。これも義務、練習の一環だと思って、行為の最中は頭と体の感覚を切り離すようにしていました。生身の人間じゃ生きていられなかったですよ。感覚を麻痺させてロボットになった感じです」

 そう話す小野さんは、当時まだ異性と交際したことがなかった。密かに思いを寄せる同級生はいたが、そんな思春期らしい心とは関係なく、健全な恋愛の段階をすっ飛ばして体の関係を強要されていたのだ。

 さらに顧問は、小野さんに対して「家から金を抜いてこい」と指示した。彼女が指示通りに親の財布から何枚かのお札を抜いていくと、その金でまたホテルに連れて行かれた。

 こうした行為は卒業まで続き、小野さんは大学でも競技を続けることになった。当時は顧問のおかげで進学できたとさえ思っていたという。「洗脳ですよね」と小野さんは言う。

 忌まわしい記憶に蓋をした彼女が、被害を明確に自覚した時には35歳になっていた。たまたま性的虐待の話を聞く機会があり、「心の奥底でもやもやしていた得体の知れないものが一気にマグマのように吹き出した」という。極度の不安感や対人恐怖に襲われ、駆け込んだ心療内科でPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断された。

 かつての顧問は、定年退職まで勤め上げた。そして今も、子どもたちに関わる立場にある。

「スクールセクハラ」の問題に関する当事者や関係者の方からの情報提供については、ジャーナリスト・秋山千佳さんのウェブサイトまでお寄せください。

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