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〈深層レポート〉安倍・菅が固執「黒川検事総長」に期待した“桜”捜査

2020/12/07

「桜を見る会」問題が再燃している。前夜祭をめぐって東京地検特捜部が、安倍晋三前首相の公設第1秘書を政治資金規正法違反で立件する方針だ。さらに、安倍前首相本人にも任意の事情聴取が要請されている。捜査は大詰めを迎えつつある。

 今年、検察は大きく揺れた。黒川弘務東京高検検事長の検事総長含みの「定年延長」と、それを裏書きするかのような検察幹部の定年延長に政府の裁量権を盛り込んだ検察庁法改正案。「検察への政治介入」と世論が猛反発する中、黒川氏は賭け麻雀発覚で電撃辞任。安倍首相は法案撤回に追い込まれ、その後辞職した。

 そこに至るまでに官邸と法務・検察の間では人事をめぐり4年に及ぶ暗闘劇があった。その一端を紐解いたのが村山治氏が上梓した、『安倍・菅政権vs.検察庁 暗闘のクロニクル』だ。本書には「桜を見る会」問題の本質を知る上で重要な新事実がいくつも書かれている。今回はダイジェスト版として、読みどころを一挙公開する。

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 法務省刑事局長の林真琴を法務事務次官、そしてゆくゆくは検事総長に据えたいと考えていた法務・検察と、林と同期のライバル・黒川弘務をその座に据えたがった安倍政権の間で、最初の「衝突」があったのは2016年7月中旬。

「真っ青になって帰ったようだ」

 当時法務事務次官だった稲田伸夫が後任次官の人事案を官房長官の菅義偉の反対で撤回せざるを得なくなったときの様子を、官邸筋はこう語った。「検察人事の政治からの独立」に「黄信号」が灯った瞬間だった。

菅義偉首相

 法務省の人事案では、稲田の後任次官には林が昇格し、当時官房長の黒川は地方の高検検事長に転出させることになっていた。ところが、菅は黒川を次官に昇任させるよう強く求めたという。これを受けて稲田は法務・検察の首脳と対応を協議。黒川を次官に起用し、林を刑事局長に留任させる人事案に切り替えた。ただし、稲田が官邸側から「黒川次官は一年だけで、一年後には林に交代する」という約束をとりつけたとの話も法務・検察の首脳間で共有された。

 だが実は、この時点で菅は稲田に相当強い不快感を抱いていた。折衝の後、周辺に「稲田ってどんな奴だ。あいつは勘違いしている」と吐き捨てたという。稲田は「次は黒川を次官に」と求める菅に対し、「自分が総長になったとき、林を東京高検検事長にするつもりだ、だから、黒川の法務事務次官は一年で必ず林に交代させたい」と念を押すような物言いをしたようだ。

 菅はこれにカチンときた。菅が黒川を次官にしたいと考えたのは、辺野古訴訟や共謀罪法案などの審議を控え、それが、国益にかかわる内閣の喫緊の課題と考えていたからだった。

「稲田は検察の都合だけで人事を考えており、国益のために人材をどう使うか、という発想がない、と菅は感じ、苛立った」(官邸筋)

 ともあれ、16年9月、黒川次官が誕生し、林は刑事局長に留め置かれた。