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2020/12/17

source : 文藝出版局

genre : ライフ, 芸能, 読書, ライフスタイル

呼び醒まされていったピュアな感覚

 また隙間を埋められる――。

 それくらいの感覚で引き受けたが、教室に入ると背筋が伸びた。これから芸能界で生きていこうとしている生きた目。必死にメモをとる姿。

 かつて純真に芸人を目指した18歳の自分と彼らが重なった。

 ボランティアに楽しさを見出した人のほとんどが「助けられているのはむしろ私の方だ」という心情を抱くと本で読んだことがある。

 僕にも、そんな気づきの日々が動きはじめた。

 芸人養成所は『笑いの学校』だが、教科書や宿題があるわけではない。

 僕が受けもつ『ネタの授業』では、朝10時から夜8時まで、4クラスに分けられた芸人の漫才、コント、ピン芸をひたすら受けとめ、瞬時に感想やアドバイスを切り返していく。

 彼らが全力でぶつけてくるのはネタだけでない。売れるきっかけを掴もうと、僕を実験の的にしてアピールや感情もぶつけてくる。

「先生をコーディネートしたい」と言ってきた生徒に1万円を渡し「暖かいアウターがほしい」とオーダーしたら、山ほどカイロを貼ったコートを渡された。僕の教卓が勝手にこたつに替えられ『愛人』という設定の女生徒に「お帰り~。授業、観に来たよ!」と言われたこともある。彼らのピュアな芸人道を受け止めるには『隙間を埋められる』は通用しなかった。

 

 いつしか僕の中に、芸能界を目指した10代のころのピュアな感覚が彼らによって呼び醒まされていった。

 

消防士、講談師……みんな『その後』を生きている

 最初の卒業生を送り出したあと、一人の生徒に「芸人を辞めます」と言われた。理由を聞くと「むかし教師になるのが夢だったんです。先生の授業を受けているうちに、もう一度教師になってみたくなったんです」と打ち明けられた。

 

 いつのまにか、彼らのおかげで僕は先生になれていた気がする。

 その後、彼・鈴木良旭くんは、教師にはならなかったが公務員試験に合格し、ふるさと尾張旭市で消防士として街を守っている。幼稚園や小学校で防災の大切さを教え「子供からもらう感謝の手紙がうれしいんです。教えるっていいですね!」と笑う。