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2020/12/18

『PERFECT BLUE』は竹内義和の同名小説が原作だが、アイドルとストーカーを題材にしている点以外は共通点がない。B級アイドルグループCHAMの霧越未麻は事務所の方針でグループ脱退を宣言し、女優へと転身することになる。アイドルに未練を残しながらも、連続ドラマでのレイプシーン、ヌード写真集といった仕事を引き受けていく未麻。その結果、彼女のアイデンティティは複雑に混乱し、ついには「アイドルである自分の幻覚」を見るようになる。一方、彼女が仕事をした連続ドラマの脚本家、写真集のカメラマンが次々と殺されていく。

 本作は「アイドルという虚像」と「現実の私」がコンフリクトし、どちらが「本当の私」かが曖昧となり、アイデンティティが危機にさらされるという状況を描いている。マッチカット(本来は時間も場所も異なる2つの場面を、共通の動作や被写体の類似性で繫ぐ編集技法)を駆使したり、中盤以降ではわざと劇中ドラマと現実を混同させるようカットを繫ぐなど、アイデンティティが揺らいだ未麻が感じる「どれが現実かわからない不安定感」を観客に体感させる語り口が本作の醍醐味だ。

『PERFECT BLUE』販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント

解釈を観客に委ねる

『PERFECT BLUE』は高い評価を得て今 敏監督が次に挑んだのはオリジナル脚本の『千年女優』(2002)だった。本作はプロデューサーの「『PERFECT BLUE』みたいな“だまし絵のような”映画を」という一言から生まれたという。『PERFECT BLUE』では次第に虚構と現実の境界が曖昧になっていく様子が描かれたが、『千年女優』では虚構と現実が最初からシームレスに繫がり、登場人物が虚構と現実を自在に往還する姿が描かれた。

 芸能界を引退して久しい伝説の大女優・藤原千代子。彼女の元に映像制作会社の社長、立花源也とカメラマンが訪れる。立花たちは千代子のインタビューを収録し始めるが、千代子の語る半生は、次第に彼女が出演した映画の記憶と混ざり合っていく。そして聞き手の立花たちもまた、千代子の語りの中に登場人物として入り込み、虚実交えて語られる彼女の人生を目の当たりにすることになる。

 ひとくちに「だまし絵」といっても、さまざまなものがある。今 敏監督がスタッフに一例として挙げたのは「みかけハこハゐが とんだいゝ人だ」という浮世絵。これは「よせ絵」と呼ばれる種類のもので、一見ひとりの人物の顔に見えるが、よく見ると大勢の人が絡み合っているという趣向の作品だ。今 敏監督は「顔でないものが寄り集まって顔になる」というこの絵の特徴を、「噓が積み重なって真実が見えてくる」という本作のコンセプトになぞらえたのだ。

『千年女優』販売元:バンダイナムコアーツ

「噓が積み重なって真実が見えてくる」ということは、当人にとっていちばん大事な人生の“真実”を指し示してさえいれば、それが虚構であっても現実であっても関係ないということだ。そのとおり、本作は最後に千代子が自分の人生の“真実”が何であったかを語って締めくくられる。

 なお、この千代子の最後の台詞を、どう解釈するかで『千年女優』の印象は大きく変わってくる。このように最後に解釈を観客に委ね、映画を観客に向かって開いて締めくくるのも今 敏監督作品の特徴だ。