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2020/12/18

「奇跡と偶然」を手品師のように

 映画第三作『東京ゴッドファーザーズ』(2003)は、東京に暮らす3人のホームレスの物語だ。自称・元競輪選手のギンちゃん、元ドラッグ・クイーンのハナちゃん、家出少女のミユキというホームレスの3人は、クリスマスの夜に赤ちゃんを拾う。3人は残された手がかりから、赤ちゃんを両親のもとへ届けようと奮戦することになる。

 こうしてあらすじを書くと一見「虚構と現実」のモチーフは取り扱われていないように見える。だが本作も丁寧に見ていくとちゃんと「虚構と現実」の関係を意識している作品であることがわかる。

 今 敏監督はプレスシートにこう書いている。「科学の論理兵器によって異界へと押しやられた『奇跡と偶然』を健全に回復しようというのが本作の試みです」。この一文の通り、本作には「意味を持った偶然」「ありえないような出来事」が次々と起きる。つまり、リアルに描かれているように見える現実の東京のホームレスの生活の中に、「奇跡と偶然」という「虚構」が平然と入り込んでくるというのが本作であり、現実にはあり得ない出来事の連続を、いかにも「ありえそうだな」と説得力をもって現実味をもって描いてみせるのが本作の狙いというわけだ。

『東京ゴッドファーザーズ』販売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

「現実から虚構への転換」という落差

『PERFECT BLUE』『千年女優』『東京ゴッドファーザーズ』と見てきてわかる通り、今 敏監督の映画は一見、リアル志向の作品に見える。実際、それぞれの作品はレイアウトの段階から今 敏監督の手が入っており、空間的な正確性、人物のデッサンなどの点で確かに“リアル”に見えるように出来上がっている。だが今 敏監督が目指しているのは、「あたかも現実のように見える風景・人物を描き出すこと」ではない。今 敏監督が目指しているのは、「現実のように見える風景・人物」が、ふいに「虚構」や「絵」であることを露わにしてしまう瞬間を描くことなのだ。

 今 敏がスタッフとして参加した作品は「現実のように見える風景・人物」を獲得するためにその画力を利用したが、今 敏自身は「現実から虚構への転換」という落差を最も効果的に見せるために、自らの画力を活用しているのである。それは、手品師が、ハトや水やそのほかの小道具を“本物である”と強調することで手品の驚きを最大化している振る舞いにとても似ている。今 敏という映画監督は、そういう意味でとても巧みな“手品師”であり、観客はその掌の上で踊らされているようなものなのだ。

 ここまで説明すれば、TVシリーズ『妄想代理人』(2004)と映画第四作『パプリカ』(2006)を細かく分析する必要はないだろう。この2作もまた、まるで手品師のような手付きで「虚構と現実」を取り扱った作品だからだ。