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2021/01/06

モデルナがこれほど早くワクチンを開発できた理由

 一方、モデルナのワクチンの場合は、抗原そのものではなく、その「設計図」となる遺伝物質を投与する。体内で設計図通りに抗原が作られると、あとは従来ワクチンと同様に抗体が作られる。言わば人の体を、従来型ワクチンの「生産工場」として使うアイデアなのだ。

 設計図として使うのは、メッセンジャーRNA(リボ核酸)。生物の細胞の1つ1つに収まったDNA(デオキシリボ核酸)からさまざまなタンパク質が作られる際、DNA上の必要な指令をコピーして、細胞内でタンパク質を生産している小器官に伝える分子だ。

©iStock.com

 RNAもDNAも、4種類の塩基という物質が連なってできていて、その配列さえ決まれば実験室で合成できる。鶏卵を使って病原体のウイルスを大量に増やして作る従来のワクチンに比べ、はるかに容易で時間もかからない。

 だが、モデルナの速さの理由はそれだけではない。新型コロナの流行前に、すでに同じコンセプトで、ジカ熱やRSウイルスなど7つの感染症のワクチンで臨床試験を開始していた。いずれも市販化に至ってはいないものの、RNAを脂質でくるんで製剤化する基本的な技術はすでにあった。石井教授の言葉を借りれば「筋トレ」が十分にできていたわけだ。

「実は、これは『日本』から始まった。山中伸弥教授による素晴らしい発見が、アイデアの発端になっている」

 モデルナの共同創業者で生物学者のデリック・ロッシ氏は、NewsPicksの取材で創業の意外な経緯を語った。

細胞内で多種多様なタンパク質を作り出す画期的な手法

 京都大学の山中教授らは2006年、マウスの体細胞にわずか4種類の遺伝子(DNA)を導入し、受精卵に近い状態に「初期化」してiPS細胞(人工多能性幹細胞)を作製したと発表した。

京都大学の山中伸弥教授 ©文藝春秋

 ロッシ氏は論文に感銘を受け、翌年ハーバード大学医科大学院に自分の研究室を持った際、DNAではなくRNAを使ってiPS細胞を作ろうと試みた。細胞に導入したDNAからRNAができる過程を「ショートカット」し、RNAから直接、初期化に必要なタンパク質を作らせようと考えたのだ。

 ところが、当初の実験は失敗する。細胞の外から入れたRNAが異物と認識され、強い免疫反応が起きてしまうのが原因だった。

 打開策を探したロッシ氏は、ハンガリー出身の女性研究者、カタリン・カリコ氏らが2005年に書いた論文に着目する。RNAにある修正を施せば、細胞や生体に入れても「異物」扱いされないことを示す、画期的な内容だった。

 ロッシ氏らはこの方法で修正したRNAを細胞に入れ、iPS細胞を作製することに成功。さらに、入れるRNAの設計を変えれば、細胞内で多種多様なタンパク質――医薬品として働くタンパク質すらも――を作り出せると気づいた。これが、2010年に起業するきっかけになったという。