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82歳で逝去 なかにし礼さん「心臓が僕に『今日はここまでにしておけよ』って声をかけてくるんです」

特別公開「阿川佐和子のこの人に会いたい」 #1

source : 週刊文春 2013年3月28日号

genre : ニュース, 社会, 読書

 2000年に「長崎ぶらぶら節」(新潮社)で直木賞を受賞し、また、「恋のフーガ」や「北酒場」、「AMBITIOUS JAPAN!」などのヒット曲の作詞家でもあるなかにし礼さんが23日午前、亡くなった。82歳だった。

 なかにしさんは2013年に「週刊文春」の阿川佐和子さんとの対談で、その前年にテレビで告白した食道がんについて、「しつこい・ブレない・知りたがり」という闘病姿勢を語っていた。追悼の意を込め、当時の記事を特別に全文公開する。なお、記事中の年齢、日付、肩書などは掲載時のまま。(全2回の1回目、#2へ続く)

出典:「週刊文春」2013年3月28日号

なかにし礼さん ©文藝春秋

◆ ◆ ◆

レギュラー出演の『ワイド!スクランブル』で食道がんを公表

阿川 すごくお忙しいでしょう。

なかにし 忙しいですねえ。

阿川 取材もたくさん受けてらっしゃるし、テレビもいろいろ出てらして。お疲れじゃないですか。

なかにし いやいや大丈夫。健康だから。ハッハッハッ。

阿川 もう、お体のほうは……?

なかにし うん、快調そのものです。ちょうど1年前なんですよ。テレビで食道がんを公表したのが。

阿川 レギュラー出演してらっしゃる番組(『ワイド!スクランブル』)で。

なかにし あれが去年の3月5日だったんです。あの日以来、仕事を全部ストップして、酒も止めて……。最初に自覚症状があってからほんの半月の間だったから、怒濤の日々でしたね。

僕にしちゃ、青天の霹靂もいいところでした

阿川 そもそも、どんな自覚症状が?

なかにし 2月のある日、どうも声の調子がおかしくてね。胸もむかついて、翌日になっても全然治まらない。で、かかりつけの医師を訪ねたら「念のため胃カメラを飲みましょう」ということになり、それで食道に4センチほどの腫瘍が見つかったんです。

阿川 けっこう大きな……。

なかにし ステージⅡからステージⅢにさしかかろうとしている、近くのリンパ節にも転移している、と宣告され……。僕にしちゃ、青天の霹靂もいいところでした。

阿川 ショック……。

なかにし だから、1年前の暗澹たる気持ちを思うと、今でも夢のようというかな、ありがたいと思っています。

2000年に「長崎ぶらぶら節」で直木賞を受賞 ©文藝春秋

心臓に爆弾を抱えているから、手術という選択肢はなかった

阿川 ご本(『生きる力』)に書いてらっしゃいますけど、「陽子線治療」という方法で完治されたとか。

なかにし そうです。放射線治療の一種で、最新の治療法。そもそも僕の中には切る、つまり手術するという選択肢は最初からなかったんです。それは、僕は心臓に爆弾を抱えているから。

阿川 作詞家として大活躍されていた頃から、心臓がお悪かったんですって?

なかにし 最初は26のときに心筋梗塞をやって、その後も何度か救急車で病院に運ばれました。僕の心臓は、機能が人の半分しかないんです。だから「俺の心臓は全身麻酔して大手術をするなんてことに耐えられるはずがない」と、それは確信がありました。

阿川 確信ですか。