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追悼・なかにし礼さんが語っていた“がん闘病”「お酒は一滴も飲みません。でも美味しいものは食べます。恋もする(笑)」

特別公開「阿川佐和子のこの人に会いたい」 #2

source : 週刊文春 2013年3月28日号

genre : ニュース, 社会, 読書

 2000年に「長崎ぶらぶら節」(新潮社)で直木賞を受賞し、また、「恋のフーガ」や「北酒場」、「AMBITIOUS JAPAN!」などのヒット曲の作詞家でもあるなかにし礼さんが23日午前、亡くなった。82歳だった。

 なかにしさんは2013年に「週刊文春」の阿川佐和子さんとの対談で、その前年にテレビで告白した食道がんについて、「しつこい・ブレない・知りたがり」という闘病姿勢を語っていた。追悼の意を込め、当時の記事を特別に全文公開する。なお、記事中の年齢、日付、肩書などは掲載時のまま。

(全2回の2回目、#1より続く)

出典:「週刊文春」2013年3月28日号

若き日のなかにしさん ©文藝春秋

◆ ◆ ◆

一人の患者に26人の医師と技師などがつく陽子線治療

なかにし 陽子線を照射する前にできるだけがんを小さくしておく必要があるということで、4日間の抗がん剤治療を受け、陽子線治療が始まったのは昨年の5月16日でしたね。

阿川 資料で見たんですけど、陽子線治療の施設って、なんか工場みたいな大規模の……。

なかにし 陽子線を光速近くまで加速させる加速器があるし、巨大な電源室もある。1基80億円するそうです。

阿川 80億!

なかにし 一人の患者に26人の医師と技師などがつくんですが、みんな20代から30代の若い人たち。そして、いかにも「医者でございます」という顔をした人はいない。研究者の趣なんです。メスと聴診器の代わりにコンピュータを操る、いわば物理医師。

阿川 コンピュータ医師!(笑)

なかにし CTスキャンを撮るとき、移動するベッドに寝そべって筒の中に入っていくでしょう。あれをずっと大きくしたようなものがありましてね。僕は上半身裸になってそこに寝そべったら、あとはすることがない。医師がコンピュータの画面を睨みながら、いろいろ計算している。で、巨大な水車みたいなものがガガーッと回って角度を決める。それに25分くらいかかる。で、最後の5分間で「では照射します」って、ピュッと照射する。だから正味30分くらいのものです。

3週間後に「CRですね」

阿川 照射の瞬間は、痛みとか……。

なかにし 全然ないです。僕には何の自覚もない。それを週に5日、6週間通って計30回。それでおしまい。

阿川 あ、入院じゃないんですね。

なかにし うん。だって痛くも痒くもないんだもの。タクシー通院でした。安全のため。でも、6週間の間、医師は治療の経過をきっちり把握していたと思うんですが、僕には何も言ってくれないんです。

「長崎ぶらぶら節」記念碑除幕式 ©文藝春秋

阿川 「なかにしさん、順調ですよ~」とか言ってくれないんですか。

なかにし そう。というのは、がん細胞は陽子線を当てられても、2週間くらい生き続けるらしいんですね。そのあと細胞分裂しようとすると、そのときいわば死産になる。

阿川 すぐには死なないんだ。

なかにし だから、治療が全部終わって、3週間後に効果測定をするんですけど、それまでははっきりしたことは言わない。胃カメラ見て、CT撮って……、それで初めて「CRですね」と言ってくれたんです。コンプリート・レスポンス。