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『天気の子』帆高の「あの言葉」が脚本から消えた理由

2021/01/03
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 新海誠7作目の劇場アニメーション映画として2019年に公開された『天気の子』。「これは、僕と彼女だけが知っている、世界の秘密についての物語」というキャッチコピーがつけられ、前作『君の名は。』同様その1年のNo.1ヒット映画になった同作。その最後のセリフがなぜ生まれたのか。アニメ評論家の藤津亮太氏が読み解いた。
※本記事では映画のラストシーンに触れています。

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『天気の子』のラストシーンは「大丈夫だ」という言葉で締めくくられる。どうしてこの映画は「大丈夫」という言葉で締めくくられることになったのか。それはこの映画が無力な子供たちの物語だからだ。

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映画「天気の子」の上映に詰め掛けたファン(2019年撮影) ©️共同通信社

『天気の子』に描かれた“ガラス細工のような世界”

 物語の語り手は、家出少年の帆高。故郷の島を出て雨の降り止まない東京にやってきた帆高が出会ったのが陽菜。陽菜は1年前に母親を亡くし、弟・凪と2人暮らし。陽菜は、雨ばかりの世界に晴れ間を作ることができる「100%の晴れ女」だった。

 帆高と陽菜と凪は協力して、依頼者に晴れ間を届ける「晴れ女ビジネス」を始める。子供だからという理由で社会の中にちょうどいい居場所を作れない彼らが、なけなしの力を頼りにささやかな生活を成り立たせる。社会に責任を負わないからこそ得られた小さな自由。それはガラス細工のようなはかなく無垢な世界。

「神様、お願いです」

 この無垢な世界の純度が最も高まるのが、中盤を過ぎたラブホテルのシーンだ。捜索願が出ている帆高のところに警察がやってくる。陽菜と凪の前には、保護者がいないまま子供だけで暮らすのはダメだということで児童相談所がやってくる。3人は自分たちの無垢な世界を守るために家を出る。そして、なんとか入ることができたラブホテルで一夜を過ごす。インスタントフードにカラオケ。かけがえのない時間が流れ帆高は思う。

「神様、お願いです。これ以上僕たちになにも足さず、僕たちからなにも引かないでください」

 このラブホテルのシーンは、映画制作の極初期から想定されていた重要なシーンだ。Blu-rayコレクターズ・エディションに収録されている特典映像「新海誠監督講演映像『天気の子』―物語の起点―」を見ると、2016年の時点で既に「ラブホテル」という陽の当たらない場所に注目している。そしてプロットを構成する時点で、新海監督の制作日誌にはこんなフレーズが書き留められている。

「天気の子」Blu-rayコレクターズ・エディション

「ラブホテルで神様に祈る。そういうアンダーさはあってもよいのだ。それを挟むものが清浄さに満ちていれば」

 この清浄さとは、無垢と言い換えてもいいだろう。そしてこのフレーズの通り、帆高は完成した映画の中でも神様に祈っている。