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連載名画レントゲン

「肌」と「着物」…2つの主役が引き立て合う西洋の美人画と日本の伝統装飾の結節点

岡田三郎助『あやめの衣』(1927年)

2021/01/20

 無地の背景に後ろ姿で立つ女性。あらわになった肌は背景と同じくらいなめらかで、羽織った着物の柄と対照的。着物も女性の身体も、それぞれの魅力があり、これら2つの主役が拮抗しつつも喧嘩せず、お互いを引き立て合っているのがこの絵のテーマかもしれません。

岡田三郎助「あやめの衣」 1927年 油彩・紙(カンヴァスに貼付)ポーラ美術館所蔵

 首から肩への曲線と、それと平行した襟のカーブが左上から右下への流れを生み、女性の顔の向きがそれを強調。次に、右肘あたりの赤い部分から、今度は画面を大きく右上から左下へと走る赤い帯状部へと、大きく逆「く」の字に導かれ、着物の柄にある八橋の形を画面上でも再現しているようです。

 岡田三郎助は明治から昭和にかけて活躍した美人画家。フランスに約4年間留学し、黒田清輝も学んだラファエル・コランから古代ギリシャ美術に範をとった画法を学びます。しかし、そのようなアカデミックな描き方は当時のヨーロッパでは形骸化した面もあり、1874年の第1回印象派展以降は、そちらが主流になりつつありました。岡田も自分なりの表現を模索する必要を感じたことでしょう。

 着物や裂に強い関心を寄せ、「あやめの衣」に描かれた「納戸縮緬地 八橋に杜若模様小袖」も収集したうちの一枚です。西洋の美人画に、日本の伝統的な装飾を組み合わせるスタイルを確立。佐賀県立美術館の松本誠一氏が指摘するように、岡田は単に和洋折衷するのでなく、洋画の型に鋳込められた本質と、和の心を融和するような表現を追求しました。

「納戸縮緬地 八橋に杜若模様小袖」(江戸時代後期 松坂屋コレクション 『藤島武二・岡田三郎助展』図録91ページより)

 この作品の金地調の背景と着物からは琳派を思わせつつ、女性の描写には西洋画の伝統的な素描力がうかがえます。後ろ姿のポーズも、ポンペイ壁画「花を摘むフローラ」と菱川師宣「見返り美人図」の和洋両方の伝統との関連が指摘されます。右下の英文字によるサインも注目。

「私は色が見えすぎてその取捨に困る」というほど「色彩」の画家でしたが、本作は赤青黄の三原色というシンプルな構成。しかし、よく見ると黒髪の中に青、緑、黄色を配し、印象派的な表現も取り入れているところはさすが。

「あやめの衣」には視覚的だけでなく、触覚的な価値も表現されているのが特徴。金地調、人の肌、髪の毛、絹の質感と、肌触りのようなものを感じさせます。また、泉鏡花という和の情緒の代表者、そして森鴎外という同じく留学経験のある論理派のどちらとも深い交流がありました。そこにも和の手触りと洋のロジックを取り合わせる岡田のバランス感覚が垣間見えます。

 東京美術学校教授を務めていた岡田のもとを、駆け出しの画家・竹久夢二が訪ねます。美術学校進学について相談したところ、「美術学校は一様にしてしまうところがある。それでは君の天分を壊してしまうかもしれない。自分の資質にあったデッサンを磨いて、自分の天分を自分で育てないといけない」という懐の深い助言をしたそう。夢二が独学で日本のロートレックと謳われた背景に、岡田の言葉があったのです。

INFORMATION

「コネクションズ」
ポーラ美術館にて4月4日まで
https://www.polamuseum.or.jp/sp/connections/

●美術館の開催予定等は変更になる場合があります。ご来館前にHPなどでご確認ください。

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