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当時の検察の捜査は“杜撰”と言ってよい

 これまで事件にかかわる取材に応じていなかった全日空の関係者が、大橋洋治相談役(元会長)を筆頭に初めて証言してくれたことは僥倖でした。全日空はロッキード事件で若狭得治元社長をはじめ、多くの逮捕者を出していますが、私は彼らはシロ(無罪)だと確信しています。角栄を有罪にするための、検察の無理押しばかりが目に付きました。

 その検察官や裁判官の取材は、ご存命の方が少ないこともあって難しかったですね。しかし、職務権限の解釈など法的な取材を重ねて、現役の検事らに「どう思う?」「今ならこんな捜査する?」と問いを重ねていくと、次第に「いろいろ問題があるね」「当時は仕方がなかった」というような反応が出てくるようになりました。

著者の真山氏

 あえていえば、当時の検察のロッキード事件捜査、事件の構図の見立て、法解釈は、杜撰と言ってよいと思います。最高裁の元判事は、ロッキード事件を「フワフワした事件」と表しましたが、この事件には、「総理大臣の犯罪」が本当にあったと言えるような「核心」がないのです。角栄逮捕は特捜部の金字塔とされ、巨悪を眠らせないというイメージを形作ってきました。しかし今回の取材で、その内実は非常に危ういものだったことがわかりました。

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 真山氏が取材を進める先々で、従来言われてきたのとは異なる断面が次々と立ち現れてきた。それらを俯瞰し積み重ねていくことによって、ロッキード事件の全体像がダイナミックに描き出された。そして本書では、「田中角栄を葬った真犯人」も指摘されている。

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 今なぜロッキード事件を取上げるのか? と行く先々で尋ねられました。過去ではなく未来に目を向けるべきだという人もいました。しかし、ロッキード事件を描くことは、未来を書くことだと私は考えています。過去をきちんと検証し、責任の在り処を明らかにできないのは、日本の病弊ではないでしょうか。そうした日本社会のあり方が、原発事故や現在のコロナ禍の対処の酷さにつながっている。アメリカに振り回されて、自ら選択できない上っ面だけの国になってはいないでしょうか。なぜこうなっているのか。それを考えるための入口として、ロッキード事件は様々な示唆を私たちに与えてくれるのです。

ロッキード

真山 仁

文藝春秋

2021年1月13日 発売

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