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安倍政権の“罪”を振り返る …「責任」は軽くなり「政治の言葉」は信頼を失った

2021年の論点100

2021/02/02

 歴史的な出来事の「功」と「罪」は、明確な境界線に隔てられて存在するものではない。例えば、吉田茂元首相が果たし得たサンフランシスコ平和条約締結というレガシーには、アメリカ支配からの脱却を半永久的に果たし得ないという負の遺産がつきまとう。戦争という「罪」からも、教訓を引き出せば、後世への「功」となるだろう。

 つまり、「功罪」は常に表裏一体だし、後世の評価も両義的だ。したがって、「功」と一体化している「罪」の検証なくして、教訓を引き出すことは不可能なのだ。

安倍晋三首相 ©文藝春秋

 ところが最近では権力への批判を嫌う空気が醸成されている。これが、安倍長期政権を実現した原因でもある。様々な問題も抱えるが、「最長政権」という結果だけは否定しようのない歴史として後世に残る。

 もちろん、ここには大きな成果もあった。わずか1年で内閣が交替していた時期に比べれば、長期的な視野で日米同盟を強化し、いわゆる「地球儀を俯瞰する外交」を展開して、国際的なプレゼンスを回復したといっていい。

「アベノミクス」と呼ばれた経済政策が、この「長期化」を支えたことは間違いない。金融緩和で、円安、株高となり、企業業績と雇用が改善した。大企業を潤し、国民には「目先の食」を確保した。民主党政権時代は企業が円高、株安で苦しみ、雇用状況も悪化していただけに、「アベノミクス」は大きな求心力となった。

安倍政権下での‟官邸主導“の確立

 もう1つの要因は「官邸主導」の確立だ。そもそも小選挙区制度によって、国会議員のチルドレン化が進んでいた。自民党は、2度にわたる野党転落を経験し、党内抗争、足並みの乱れに極度に臆病になっていた。沈黙する議員が増え、すでに「一強」の素地はできあがっていた。

 最後の抵抗勢力となり得る存在が官僚だった。「官邸主導」の政策も官僚組織なくしては実現しない。しかし、省益、既得権を優先し、縄張り意識や前例に縛られるという弊害が、しばしばそれを阻んだ。そこに楔を打ち込もうと、安倍政権は2014年に幹部職員の人事を一元管理する「内閣人事局」を発足させた。狙い通り、人事を握られた官僚のほとんどが「安倍官邸」に逆らえなくなった。

 さらに、重用された「官邸官僚」が、各省庁への意思伝達を徹底した。「仲間を決して怒らない、捨てない、裏切らない」という安倍の人柄に、この“側用人”たちは心酔していた。お互い横の関係がぎくしゃくしても、安倍との縦の関係が太いパイプとなって結束し、「安倍官邸」のガバナンスを強化していた。常に「バラバラ」と批判された民主党政権とは対照的だった。