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「喫茶店で最後の一行を書き終えたときの喜びは忘れられない」ジャルジャル福徳が描いた破格の「青春」

著者は語る 『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』(福徳秀介 著)

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『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』(福徳秀介 著)小学館

 ひとりの男子大学生が抱く、ほのかな恋心からこの物語はスタートする。思わず吹き出してしまう描写も多く、ラブコメを楽しむ気持ちで読み進めると、突如として感情が揺さぶられる場面が訪れる。

「キングオブコント2020」優勝コンビ「ジャルジャル」の福徳秀介さんが書いた本作は、驚きに満ちた破格の青春小説だった。

「芸人5人でショートストーリーを書いて一冊の本にするっていう企画があったんですけど、締め切りの日になってみたらぼくしか書いてなくて(笑)。結局その企画はおじゃんになりましたが、せっかく書いたしなあ、と思って、その後もちょこちょこ改稿してたんです」

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 朝や収録の待ち時間にスマホを使って書いた作品は、ショートストーリーのはずが、気が付けば10万字、原稿用紙300枚ほどになっていた。「喫茶店で最後の一行を書き終えたときの喜びは忘れられない」という初の長篇小説は、執筆開始から4年の時を経て、遂に刊行されることになった。

 主人公は常に日傘を差して歩く男子大学生の小西。「少し変わった人だと周囲に思われたい、そうすればキャンパスに一人ぼっちでいても恥ずかしくない」と人間関係に予防線を張る、やや繊細で自意識をこじらせた男だ。作者を投影した人物かとも思われるが、福徳さんいわく「自分の部分もありながら、だいぶ作り出したキャラクター。こういうタイプの男性、僕は非常に好きです」とのこと。

 ある日、小西は学食の真ん中で一人堂々と蕎麦を啜る女子と遭遇し、目が離せなくなる。自分はこんなに孤独を恐れているのに、彼女は一人でいることに誇りを持っているように見える……小西は大学で出来た唯一の友人、山根と共に彼女のことを「一人ざる蕎麦女」と呼び、距離を縮めることを目論む。「出席カードを代わりに出してほしい」と声をかけたり、亡き祖母がのこした「女を見抜くなら朝やで。朝を楽しめる女は1日を楽しめる」というアドバイスをもとに、朝食デートに誘ったり。しどろもどろになりつつも力を振り絞ってアプローチする小西の姿に胸をうたれる。

 2人の関係が一歩前に進む印象的なシーンがある。彼女が洗濯機のゴミ取りネットから埃を取るのが好きだと聞いた小西が、2人で会う時に、自分の洗濯機のゴミ取りネットを持ってくるのだ。

福徳秀介さん

「そんなん、普通に考えて絶対嫌じゃないですか。いくら埃取るんが好きって言ったって、人様の家のゴミ取りネットいらないですよ。でもそれが彼女にとってはオッケーだった。みんな気づいてないけど、縁のある人とはそういうところで価値観が合ってるんじゃないかな」

 デートをいい雰囲気で終え、有頂天になる小西。しかしここから作品は怒濤の急展開を迎える。

「実は最初の構想では、単に主人公が女の子に対してどんな風にアタックしていくか、っていう話だったんです。でも、本当にそれだけでいいのかと。僕らがいつもつくってるコントは、笑かすことをメインで考えるんで、人の心を動かそうとまでは思ってない。でも小説は読者に『読む』っていう行為をしてもらうんだから、やるからには喜怒哀楽を全部入れたいと思ったんです」

 その意気込みの通り、本作は読者が思い描く枠に収まりきらない作品になった。時にやりきれないことが起こるこの世界を、それでも生きていくための笑いと涙。この本には人生に大切なことが、すべて詰まっている。

ふくとくしゅうすけ/1983年、兵庫県出身。関西大学文学部卒。同じ高校のラグビー部だった後藤淳平と2003年お笑いコンビ「ジャルジャル」を結成。「キングオブコント2020」優勝、13代目キングとなる。本作が小説デビュー作。

今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は

福徳秀介

小学館

2020年11月11日 発売

「喫茶店で最後の一行を書き終えたときの喜びは忘れられない」ジャルジャル福徳が描いた破格の「青春」

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