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久保田智子44歳 20代で「子供は難しいでしょう」…特別養子縁組で親になるまで

「文藝春秋」3月号「巻頭随筆」より

2021/02/25

 かつてアナウンサーだった私は、天真爛漫だね、などと言われることも少なくなかった。その都度、自分の内面の暗さは表面化していないのだな、と安心した。

久保田智子さん

20代の頃、医師から告げられた「子供は難しいでしょう」

「子供は難しいでしょう」。そう医者に告げられたのは20代の頃だった。それからというもの、自分は不幸の塊だと思って生きていた。結婚して、子供を持って、いつか孫ができて、死んでいく。それまで当たり前に思い描いていた人生の歩みは、自分にとっては決して当たり前ではなく、どんなに努力をしても手に入らないのだと、絶望感しかなかった。

2013年、ニューヨークで撮影スタッフと

 それでも、自分だけが不幸ならまだましだった。私がいることで、私に関わる人までが不幸になるのを見るのは何より辛かった。外で誰かの子供が遊ぶ姿を見て、自分の子供のことを思い出したり、早く孫が欲しいななどと微笑ましく感じる方は多いだろう。私の両親は違った。よその子供を見ると、泣いていた。そんな両親に私はかける言葉が見つからなかった。人並みに私も人を好きになることはあったが、自分は家族を作ることはできないから、私が好きになったことで相手を自分の不幸に巻き込んではいけないと思った。だからいつも好きになりすぎてはいけないと自制した。とどのつまり自分なんていない方がいいんじゃないかと思うこともあったが、できれば人に迷惑をかけないで、死ぬまでひっそり生きていける居場所がみつかればいいなと願っていた。