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「雅子さまファッション」原点はあの“ロングジャケット” 「ご回復」を「2大ロングドレス」から読み解く

お召し物から読み解く「雅子さまの思い」#1

「こんなに明るくて華やかなデザインの服を着られるようになったんだな」「ホワイトのスーツは、新調されたんじゃないかしら」。同年代の女性記者2人(佐藤あさ子さん・皇室担当記者、矢部万紀子さん・コラムニスト)が雅子さまのファッションについて語り合った。(出典:「文藝春秋」2019年12月号、全2回の1回目/後編に続く)

1993年のご成婚時のパレード。フリルがふんだんにあしらわれたドレスをお召しの雅子さま ©JMPA

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御帳台に立たれた雅子さまの瞬き

矢部 「即位礼正殿の儀」の日は、朝から半蔵門だったのですか?

佐藤 6時半過ぎから半蔵門で待っていたら、ダウンを羽織っても肌寒くて。深紅の皇后旗がはためく黒のセンチュリーロイヤル(トヨタ製の皇室専用車)が通ったのは7時頃。土砂降りの中、車の窓を開けて手をふる雅子さまの笑顔は、とても晴れやかでパッと輝いて見えました。

皇居へ向かわれる雅子さま ©ロイター/AFLO

矢部 私はテレビを見ていたのですが、笑顔で手を振ってらっしゃいましたね。声援を受けることに喜びを感じているように見えました。

佐藤 残念だったのは、御帳台(みちょうだい)の帳(とばり)が開けられたときの雅子さまのお顔が拝見できなかったことです。

矢部 私も見たいと思ったのですが、カメラが向けられた時はもう開いていましたね。

 気になったのは、御帳台に立っていた時の雅子さまの瞬きです。10秒ほど数えたところでカメラがまた陛下に切り替わってしまったのですが、雅子さまはかなり頻繁に瞬きをしていました。その点、陛下や秋篠宮さまはほとんど瞬きをしていなくて、やはり「皇室の血」と言うべきか、「天皇家に育った人」は、こういう時に瞬きをしないのだなあと思いました。民間から嫁がれた雅子さまは、こういうこと一つひとつに努力が必要だったのでしょう。

雅子さま ©JMPA

佐藤 本当に大変な道のりだったと思います。儀式直前、まるで計ったようなタイミングで雨が止んで空に虹がかかって、感動しました。雅子さまは、皇太子妃時代にさまざまなことがあったけれど、その先にこの虹があったのか、と。

 天皇皇后は2019年10月22日、国内外からの約2000人の賓客に見守られながら、「即位礼正殿の儀」に臨まれた。晴れやかな舞台で注目を集めたのが、雅子さまの華やかなファッションだ。

 佐藤あさ子さんは、週刊誌、月刊誌、女性誌で活躍するフリーライター。矢部万紀子さんは、1983年に朝日新聞社に入社、「週刊朝日」「AERA」などに所属し、皇室報道に長く携わった。2017年からフリーに。ともに1961年生まれで男女雇用機会均等法「前夜」の世代。雑誌ジャーナリズムの世界で皇室を取材してきた2人が、ファッションから雅子さまの歩みを振り返る。

ジャケットのフリルで華やかさを…雅子さまの「ホワイトスーツ」

矢部 雅子さまの服、最近変わってきましたよね。私が「変わったな」と思ったのは、9月の「全国豊かな海づくり大会」のレセプションで着ていたホワイトのスーツと、10月の「海外日系人大会記念式典」でのオレンジ色のスーツです。

「全国豊かな海づくり大会」のレセプションでお召しになったホワイトのスーツ。ジャケットのフリルで華やかさを演出されている ©時事通信社

「ああ、雅子さまはこんなに明るくて華やかなデザインの服を着られるようになったんだな」と感慨深かった。きっと、気分がずいぶん前向きになられたんだろうなって。

「海外日系人大会記念式典」ではオレンジのスーツを ©時事通信社

佐藤 ホワイトのスーツは、新調されたんじゃないかしら。襟元や袖のフリルは、森英恵(はなえ)さんが仕立てた、御婚礼のときのローブデコルテを思い出しました。雅子さまの知人も、「あのスーツ、すごく素敵だったと思いません?」って、なんだか嬉しそうでした。