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連載名画レントゲン

1894年のシェークスピア「ハムレット」演劇ポスターに見る絵画表現の足し算と引き算

アルフォンス・ミュシャ『ハムレット』(1899年)

2021/03/03

 アルフォンス・ミュシャは、19世紀末から20世紀初頭にかけてパリで大活躍した商業アーティスト。売れっ子になったきっかけは、1894年末に受注した人気女優サラ・ベルナール主演『ジスモンダ』の演劇ポスター。当時流行のアール・ヌーヴォー様式の華麗なデザインが脚光を浴び、続く6作品を担当しました。そのシリーズの最後にあたるのが本作「ハムレット」。シェークスピア四大悲劇の一つで、父王を殺して取って代わった叔父に復讐を遂げる物語です。

 絵画の表現には大きく分けて二極があり、一方はシンプルに極限まで削る系統で、もう一方は「ホラー・ヴァキュイ(空間恐怖)」的に全体に細かく描きこむ系統。ミュシャは間違いなく後者でしょう。

 本作は演劇のポスターですから、宣伝が目的です。どちらよりの表現にするかで、目立つ、興味を持たせる、情報を把握させるなどの効果に違いが出てきます。当時、こちらも人気のポスター作家であったベガースタッフ兄弟の場合、徹底的にシンプルな色と形の構成が特徴で、遠くからでも視認性が高かったはず。

ベガースタッフ兄弟の「ハムレット」(1894年)

 反対に、ミュシャの絵には近寄ってじっくり見せる狙いがあります。まず、画面最上段にタイトル、次にサラ・ベルナールの名前。最も目立っているのがサラ扮するハムレットでしょう。本作は縦のサイズが約207cm、ほぼ等身大ですから、舞台でのサラを想像させますね。また、顔まわりを半円状の装飾が囲むことで強調されています。

 ミュシャの魅力は的確なデッサンに基づく美化された人物像と、流れるような曲線の装飾文様が、溶け合うように構成されているところにあります。ミュシャは作品に様々な時代・地域の文様を取り入れましたが、本作では半円部分に「世界で最も美しい本」と呼ばれるアイルランドの『ケルズの書』(9世紀)の組紐文が取り入れられています。ケルト美術が専門の鶴岡真弓氏が、この絡まりあった模様は思い悩むハムレットの心も表しているようだと述べておられる通り、劇中の彼は板挟みになって苦しみ、心を病んだふりさえします。半円部の内側には問題の亡き父の亡霊が描かれていますが、ハムレットはそちらに向きつつも、更に遠くを見つめているようにも見えます。

ミュシャによる「ハムレット」のポスター 1899年 リトグラフ/紙

 そして直立の姿勢が画面下部へと視線を誘うのですが、黒っぽい衣装に対して無地の背景と白い剣が引き立ち、下向きの流れが強められています。下部には、失意のうちに川で溺死した恋人オフィーリアが。枠からはみ出ているハムレットの足は、彼女を踏みつけているかのよう。亡くなった2人は灰色がかった薄色で、それぞれをハムレットの短剣と長剣が指し示しているのも物語の悲劇性を象徴的に表現しています。

INFORMATION

「ミュシャとアメリカ」
堺 アルフォンス・ミュシャ館 ~3月21日
https://mucha.sakai-bunshin.com/

●美術館の開催予定等は変更になる場合があります。ご来館前にHPなどでご確認ください。

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