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北朝鮮大使館を襲撃した“謎の集団”…「事件はやらせだった」実行犯の韓国系アメリカ人が新証言

2021/02/28
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 それは金曜午後の白昼に閑静な住宅街で起きた大胆な犯行だった。アクションスパイ映画のワンシーンさながらの事件だった。

 2019年2月22日午後5時ごろ、1人の東洋系の男がスペイン・マドリードにある北朝鮮大使館のドアベルを鳴らした。男は自らを「マシュー・チャオ」と名乗り、大使館代理大使のソ・ユンソク氏への面会を求めた。男はアラブ首長国連邦(UAE)とカナダにオフィスを構え、北朝鮮への投資に興味を示す投資家として、その2週間前にも大使館でソ氏と会っていた。

2019年に襲撃事件が起きたスペインの北朝鮮大使館 ©AFLO

 男が大使館の中庭でソ氏の到着を待っている間に、外にいた仲間の6人の集団が一斉に大使館に侵入した。6人は黒い目出し帽を被り、ナイフや鉄の棒、マチェーテ(山刀)、模造銃を所持していた。そして、ソ氏以外の大使館職員3人に暴行を加え、手錠や結束バンドで手足を縛った。集団は3人を大使館の会議室に連れて行った。

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大使館職員になりすまして地元警察も追い返す

 集団はソ氏にも暴行を加えてトイレに連行した。ソ氏の両手を背中の後ろで縛り、頭に袋を被せた。30分後、ソ氏は他の大使館職員3人がいる会議室に移された。大使館内にいたソ氏の妻と息子は寝室に閉じ込められ、外に出られないようにされた。

 だが、ここで予期せぬことが起きた。大使館の最上階にいた別の大使館職員の妻が、下の階の騒動を聞き、窓から脱出したのだ。

 助けを求める彼女を見た通行人がスペイン警察に通報。地元の警察官が騒ぎを聞きつけて駆け付けると、マシュー・チャオが金正恩氏のバッジを着用し、大使館職員になりすまして応対。「何も問題は起きていない。通常通りだ」と述べ、警察官を追い返した。

 同22日午後9時40分ごろ、集団7人のうち5人は、大使館の車3台を奪って逃走した。マシュー・チャオと残りの1人は配車アプリ「ウーバー」で予約したレンタカーを使って逃走したが、その際、マシュー・チャオは何と「オズワルド・トランプ」との名前で事前登録していた。オズワルドの名前は、ケネディ米大統領暗殺の容疑者として知られる。

スペインの北朝鮮大使館 ©AFLO

 集団は大使館からコンピューター2台やハードディスク・ドライブ2個、ペンドライブ数個、携帯電話1台を奪った後、スペインから脱出していた。

 リーダー格のマシュー・チャオはポルトガルの首都リスボンから飛行機に乗り、翌2月23日に米ニュージャージー州のニューアーク国際空港に到着。その4日後の2月27日に米連邦捜査局(FBI)と接触し、事件の情報提供に加え、大使館で得たとされる物品を差し出した。

金正恩体制の打倒を掲げる「自由朝鮮」

 以上が捜査権限を持つスペイン高等裁判所の予審判事と、米カリフォルニア州ロサンゼルスの地方検事補がこれまで公表してきた「スペイン・マドリードの北朝鮮大使館襲撃事件」についての概要だ。

 このマシュー・チャオに扮していたのが、金正恩体制の打倒を掲げる反体制組織「自由朝鮮」の創設者でリーダーのエイドリアン・ホン氏だ。ロサンゼルスの地方検事補は事件から2カ月後、スペインとの犯罪者引渡条約に基づき、ホン氏を不法侵入、不法監禁、強盗、脅迫、窃盗など7つの罪で告訴した。最高で懲役28年に当たる罪だ。しかし、ホン氏は依然、逃走中で捕まっていない。