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気鋭の社会起業家によるスペシャル対談「持続可能なビジネスとして成立しなければ、課題解決はない」

文春オンライン×CREAWEB特別企画①「ソーシャルビジネス×ジェンダー平等がもたらす地球の未来」

2021/03/16

インスタリム株式会社 代表取締役CEO 徳島 泰×ビジネスレザーファクトリー株式会社 代表取締役社長 原口瑛子 スペシャル対談

フィリピンを拠点とし、3DプリンティングやAI技術を活用して低価格・高品質な義肢装具を製造しているインスタリム。バングラデシュの貧困層に雇用を創出するため、現地自社工場を設立してビジネス向け革製品の製造販売を手がけるビジネスレザーファクトリー。2社が追求するソーシャルビジネスのあるべき姿とは。

いくつもの転換点が自分を起業にいざなった

―― まずはお二人が起業に至るまでの道のりをお聞きしたいと思います。徳島さんにはいくつもの転換点があったそうですね。

徳島 泰さん(以下徳島) そうですね。僕が19歳の時、父親が液晶関連の事業で失敗して多額の負債を作ってしまったため、僕も実家の会社でひたすら働いていたんです。なんとか頑張って事業がある程度好転した時、中国の工場に視察に行ったのですが、これが、自分にとって大きな転換点になりました。

原口瑛子さん(以下原口) 中国というと、下請けの工場ですか?

徳島 はい。僕の設計した圧電セラミックス部品を発注していた工場だったんですが、そこの環境が劣悪そのもので。人体に影響を及ぼすような廃液を近くの川に垂れ流し、川の先の白菜畑では、農家の方が廃液で真っ白になった水をすくって畑にかけているんですよ。社員食堂の昼食で出された白菜の炒め物に、どうしても箸がつけられませんでした。

―― 工場の人たちは、みんな食べているわけですね。

徳島 はい、それを見て、いったい自分は何をしているんだろうと、ものすごくショックを受けました。これまで、安くてスペックが高いものを作りたいと、ひたすら日本のものづくり産業の中で頑張ってきたけれど、一方ではこういう現実が生まれているわけです。何か間違っているんじゃないか、もっとフェアで、皆が幸せになる仕事をしないといけないんじゃないかと考えたことが大きな原動力になって、今のインスタリムに繋がっています。

インスタリム株式会社CEOの徳島泰さん。3Dプリンターを活用して途上国向けに義足を製造する
インスタリム株式会社CEOの徳島泰さん。3Dプリンターを活用して途上国向けに義足を製造する

原口 それが最初の転換点なんですね。

徳島 そうですね。その数年後、父の病気で会社を畳むことになったのをきっかけに、いったん25歳で独立し、ウェブシステムとハードウエアを開発する会社を起業したのですが、ものづくりの上流で社会に役立つ製品を企画できる人間になろうと、大学に入ってプロダクトデザインを学び直しました。それが2つ目の転換点です。

―― 卒業後、医療機器メーカーに就職されたのはなぜですか?

徳島 在学中、途上国で役立つものづくりとは何かを考え続けた結果、やはり医療の充実が必須だと感じたんです。30歳の新卒新入社員でした(笑)。でも、実際に働いてみると、途上国に対する事業の面では違和感があり、本当のラストワンマイルというか、必要とする人に必要な医療が届けられているのだろうかと考えるようになりました。そんな思いを抱えながらも、3年ほどたってひととおりの仕事が身についたかなというタイミングで、3.11が起こったんです。

原口 東日本大震災ですね。ちょうど10年前。

徳島 はい。あの大災害をテレビで目の当たりにした時、もう一度、自分のやりたかったこと、やるべきことに立ち戻らないといけないのではないかという思いを強くしました。今の経済の枠組みの中で、僕が何かやろうとしても、結局、何を変えることもできない。それで、JICAが派遣する青年海外協力隊に応募して途上国のリアルを見に行こうと決意したんです。

青年海外協力隊時代の写真。フィリピンでの体験がその後の起業につながった。
青年海外協力隊時代の写真。フィリピンでの体験がその後の起業につながった。

―― そこで出会ったフィリピンの現実が、3つ目の大きな転換点になったわけですね。

徳島 そうです。フィリピンの医療はさまざまな根本的な問題を抱えているのですが、その中の一つとして、義足が足りないという問題がありました。義足を必要とする人の8割ぐらいは糖尿病で足が壊死し、切断した人です。そもそもフィリピンなどの途上国では糖尿病患者がとても多いんです。

原口 貧しい人たちは、カロリーをほぼ穀物からしか取れないですからね。

徳島 ですよね。フィリピンでも、たくさんの米に少しの塩辛いものを乗せて食べ、結果、30代40代の4分の1から3分の1が糖尿病ないし糖尿病予備軍となって、100人ほどの村で1人ぐらいは足が壊疽になってしまっている。俗にいう、腐ってしまっている状態なんですね。でも足が腐っても切ることを選択しない。足を切っても義足が買えなければ働くことができず、家族の負担になってしまうからなんです。だからそのまま放置し続け、やがて壊死が足から全身に回って死んでしまう。

糖質中心の食事のせいもあり、フィリンピンでは糖尿病で足を切断する人が後を絶たない
糖質中心の食事のせいもあり、フィリンピンでは糖尿病で足を切断する人が後を絶たない

原口 それはとても苦しいですね。

徳島 一方、足がまさに腐りつつある人に、義足があったら切断するのかって聞いたら「切る」と。なぜなら、仕事ももちろん大事だけど、足を切ってしまうと死んだ時に天国への階段を上れないじゃないかと。「義足があったら天国への階段を上れるんだから、切るに決まってるよ」って言うんです。

原口 あぁ、なるほど……。

徳島 それが途上国のリアルだと思いました。このままにしていては本人にとっても不幸だし、社会的に見ても労働力の損失となる。でも、義足さえあればその問題は解決できるわけで、だったら僕が解決できるんじゃないかと。というか、僕がやらなければならないのではと思ったんです。

―― 確かに、医療機器の知識も、製造管理や会社経営の経験もあり、ハードもソフトも両方開発できて、しかも途上国で自由に動けるわけですからね。

徳島 当時は、こんなことができる人間は世界で自分しかいないんじゃないかと思っていましたね。事業の立ち上げから成長するところまで、クリアにバーッと思い描けましたし、自分の知っている限りのエンジニアやデザイナーを世界レベルで思い浮かべて考えてみても、それを実現できそうな人間は自分以外に思い浮かばなかったんです。それにきっと、どんな優秀な経営者でも、この現実を自分の目で見てリアルを知らなければ、ここに確かな、しかもとても逼迫した大きな義足の需要があるということは分からない。これを事業としてやるという決断はきっとできないだろうと思えました。でも自分はこのリアルを知っている。それが、インスタリムの起業につながりました。

2019年当時のインスタリムのメンバー。社員の国籍は日本、フィリピン、ニュージーランドと多岐に渡る。
2019年当時のインスタリムのメンバー。社員の国籍は日本、フィリピン、ニュージーランドと多岐に渡る。

1枚の写真からつながったソーシャルビジネスの道

―― 一方、原口さんにもいろいろな転換点があったそうですね。

原口 そうですね。私は幼い頃、将来の夢が全く描けなかったんですよ。何をしたいのか、進路も選べなくて、すごく悩んでいました。ところが高校生の時、写真家ケビン・カーターの「ハゲワシと少女」という写真に出会って、すごく衝撃を受けたんです。

ピュリッツァー賞を受賞した「ハゲワシと少女」。 ©getty
ピュリッツァー賞を受賞した「ハゲワシと少女」。 ©getty

―― アフリカの貧しい村で、やせ衰えた少女とその背後で餌を狙うハゲワシの姿を撮影した有名な作品ですね。

原口 何不自由なく育ててもらった私は、自分自身で未来を選べる環境にある一方で、地球の裏側では飢餓で苦しみ死んでゆく少女がいる。この世界の不条理を知って、憤りというか、「これじゃダメだ!」と強く思ったんです。そして、貧困をなくしたい、少しでも貧しい人たちの役に立ちたいと思い始めました。それでいろいろと調べたところ、国連が自分の目指す仕事に最も近いと考え、大学に進んでまずは経済学を勉強しました。その在学中に、途上国でのボランティアに参加し、フィリピンのスモーキーバレーにも行ったんです。

徳島 あぁ、廃棄物処分場のスラムですね。

原口 はい、そこでゴミを拾って生活する人たちと話をする機会があったんです。その時、私よりはるかに小さい少年が、「親もここで働いていて、自分は学校にも行っていないし、これからもここで生きるしかない」と言いました。それを聞いて、「国連で働く」という夢が改めてはっきりとしたものになったんです。そこからはもうまっしぐら(笑)。大学卒業後はイギリスの大学院で「貧困と開発」という修士課程を修め、帰国後、まず国際協力に関わるため、ODAの実施機関であるJICAに入構しました。

フィリピンのスモーキーバレー。ごみを拾ってお金に変えて生活する子どもたち
フィリピンのスモーキーバレー。ごみを拾ってお金に変えて生活する子どもたち

―― JICAではどんなお仕事を?

原口 国際機関との連携事業や中南米地域の円借款案件を担当しました。ダイナミックな仕事にやりがいも感じていましたし、自分の未来に少しずつ近づいていく感覚もありました。でも、4年後に体調を崩してしまい、故郷の熊本に帰って療養せざるをえなくなったんです。24時間365日といえるぐらい仕事に没頭し、一生懸命夢を追いかけて階段の途中まで登ってきたのに、それなのにいとも簡単にガラガラと崩れ落ちてしまったような気持ちでした。

徳島 それは大きな挫折でしたね。

原口 はい、生きていても意味がないと思いました。1年間ぐらい引きこもりのような状態で誰とも会えず、情報を遮断したので、本も読めないような有様で。でも、不思議なことに唯一手に取って読み始めることができた本が、ノーベル平和賞受賞者ムハマド・ユヌス『貧困のない世界を創る』というソーシャルビジネスの本だったんですよ。ページを開いたら一気に読んでしまって、気づけば蛍光ペンのマーキングばかり(笑)。やっぱりこれだと思ったんです。自分は貧困をなくすためのソーシャルビジネスがやりたいと。スモーキーバレーの少年のように貧困の連鎖に陥ってしまう人たちも、その親に雇用があれば貧困から抜け出せるのではないか、と。私がこれからの人生でやりたいのは援助というアプローチではなく、ソーシャルビジネスなのだと確信しました。そして、起業しよう、と。

ビジネスレザーファクトリー株式会社代表取締役社長の原口瑛子さん。大学院卒業後、JICAを経て、ボーダレス・ジャパンに入社
ビジネスレザーファクトリー株式会社代表取締役社長の原口瑛子さん。大学院卒業後、JICAを経て、ボーダレス・ジャパンに入社

―― まさに転換点ですね。

原口 自分にとってはどん底の時期でしたが、結果的に私の人生が一度リセットされたんですよね。とはいえ、起業するにも、その資金も経験も、そして志を共に成し遂げる仲間もないというないない尽くし(笑)。とりあえず「ソーシャルビジネス、起業」と検索してみたら、偶然出てきたのが社会起業家のプラットフォームであるボーダレス・ジャパンでした。そこには「ソーシャルビジネスで世界を変える」という言葉があって、自分にはもう何も失うものはないし、この会社を信じて起業しようと思って応募したことが、今のビジネスレザーファクトリーへとつながっているんです。

プロダクトファーストがビジネスを持続させる

徳島 現在原口さんがCEOを務めていらっしゃるビジネスレザーファクトリーは、ボーダレス・ジャパンのソーシャルビジネスの一つなんですよね。

原口 はい、かつてアジア最貧国とも言われていたバングラデシュの貧しい人々に雇用を生み出すためのソーシャルビジネスです。バングラデシュは日本の40%ほどの小さな国土に1億6000万もの人々が暮らしており、首都ダッカは世界一人口密度が高い都市です。都市部では失業率も高く、特に貧しい人々は未就学や未経験などの理由から、働きたくても働けず、さらに貧困に陥っています。障害のある人やシングルマザーの人々などは、ことさら顕著です。そういう貧しい人たちの雇用を創出するビジネスを始めようと考えたのが、ビジネスレザーファクトリーなんです。

徳島 なぜ革製品だったんですか?

原口 バングラデシュはイスラム教の国で、“イード”(犠牲祭)と呼ばれる宗教行事があります。牛やヤギなどを神様に捧げる祝祭で、その際に牛革が大量に発生するんですね。それを現地資源として活用しようと考えたんです。

徳島 とはいえ、現地の人たちに技術を教えるのは大変だったでしょう?

原口 そもそも私たち自身がものづくりの全くの素人だったので、日本の老舗の革製品メーカーで、バングラデシュと日本のメンバーで修業をさせていただきました。そこで日本の技術を習得し、バングラデシュに戻り工場でのものづくりを始めました。一方で、私たちの工場で働く人たちは、そもそも働いた経験もないので技術もないですし、マニュアルで工程を覚えてもらうにも、文字が読めない。そこで、生産ラインを細かく分け、4人ひと組のチームでラインを担当し、先輩職人の作業を見て技術を覚えられるように工夫しました。最初はたった二人でスタートした工場ですが、今では900人にまで増え、バングラデシュの革小物の工場だと国内2位になっているんですよ。

バングラデシュの工場の様子。イードで出た牛革を財布やバッグなどの革製品に加工。
バングラデシュの工場の様子。イードで出た牛革を財布やバッグなどの革製品に加工。

徳島 900人! それはすごい!

原口 工場で働いている仲間たちが私たちに言うのはまず、「3食食べられるようになった、ありがとう」と。そして、恵まれた環境で働けて、仲間や友だちができたことが本当にうれしいと言うんですよ。先ほど徳島さんがおっしゃった天国への階段のお話がとても印象的だったのですが、貧しい人たちは、明日への未来が描けないんです。今日生きるか死ぬかだから。そんな彼らが仕事に就き、自分で働いて得た収入で生活できて、自分たちの手で未来を描ける。これはすごく大きな希望で、私たちが想像する以上に大きな変化なんだと思います。

徳島 そのとおりですね。でき上がった義足を納入すると、ご本人はもちろん付き添いの奥さんとかがポロポロ泣くんですよ。「あんた、これで仕事に戻れるね」って。それは何度見てもやっぱり涙を誘われちゃいますね。それこそが僕がこの仕事をする喜びだと思います。

原口 インスタリムの事業は現地の方たちが担っているんですか?

徳島 そうです。僕たちは途上国の問題を解決するための、現地フィリピン発のスタートアップだと考えていて、フィリピン人が自分たちで製造できないと意味がないというのが、私たちの義足の初期コンセプトなんです。本来義足を作るのは高い専門知識を必要とする難しい仕事なのですが、3D CADという3D設計ソフトを一から僕が設計し、パラメータを入れていくだけで現地の人でも義足の製造がある程度できるシステムを開発しました。ずぶの素人でもモデリングだけなら3日ぐらいの研修で作れるようになります。

AIと3Dプリンターで制作した義足。専門知識がなくても作れる設計ソフトを徳島さんが開発。
AIと3Dプリンターで制作した義足。専門知識がなくても作れる設計ソフトを徳島さんが開発。

―― 非常に画期的なシステムですね。

徳島 そもそも途上国で満足に教育を受けられなかった人たちに何ができるかを考えると、先進国であたりまえに採用されている生産方式ではなく、新しいイノベーションを生み出すしか生産を円滑に行う道はなく、そこを突き詰めていったら、最終的に世界でも類を見ないようなことになるのは当然なんだと思います。原口さんがおっしゃった4人ひと組の生産ラインも、たぶん先進国にはない非常に画期的なシステムです。そういう発明がないと途上国でのビジネスは成功しないと思いますね。

原口 そういう独自のソリューションは、同じ社会問題を抱えた他の途上国でも展開できるものになりますよね。それはもう視野に入れているんですか?

徳島 もちろんです。フィリピンは私たちにとってはプロダクト・マーケット・フィット(PMF)を検証するのに最適な国で、フィリピンでビジネスが成立すれば、他の途上国に横展開させてスケールできると考えています。それに、途上国ビジネスで十分なエビデンスと製品力の向上を得られれば、先進国への展開も可能になると思っています。いわゆるリバースイノベーションとなることが創業当初からの目論見です。

―― ソーシャルビジネスとはいえ一方的なボランティアではなく、自分たちにも還元される部分がないとビジネスとして成立しませんよね。

徳島 当然そうです。世界の全人口の90%が新興国・途上国にあるわけですから、先進国だけでビジネスするよりもポテンシャルは非常に高いはずです。WHOの資料によると、義肢を必要とする人のうち、実際に装着できる人は全世界で1割に満たないと言われているんです。マーケットで考えると、その残りの9割がまさにブルーオーシャンで、そこにアクセスできれば圧倒的なポテンシャルがあるのですから、こんなにおいしい仕事はない(笑)。そういうビジネスの先例に僕たちがなりたいと思っているんです。僕たちは、義足の分野では世界一の技術力で世界一のものを作っているという自負がありますし、ソーシャルビジネスとしてというよりも、普通にビジネスとして技術力で勝負しています。

―― 「ソーシャル」という言葉を冠せずとも、ビジネスの核となるものがしっかりないと、持続も拡大もないということですね。

原口 それはビジネスレザーファクトリーも同じです。現在(2021年3月時点)、直営店舗が18店舗ありますが、店頭では「バングラデシュの貧しい人々が……」という言葉は一つもないんですよ。だから、お客さまはソーシャルビジネスという背景ではなく、まずはプロダクトとサービスに価値を感じて選んでくださっている。お涙頂戴でお金を使っても、一度で満足してしまって続かないじゃないですか。私たちの事業目的は雇用を増やすこと。プロダクトとサービスで私たちの商品を選んでいただき、そのあとに「あ、ソーシャルビジネスのブランドなんだ」と気づいていただければそれで十分ですし、それがもしお客さまにとって、消費行動を変えるきっかけになれば、もっとうれしいですね。そういうお客さまもいらっしゃって、「消費は投票」だと言ってくださいます。

ファーストペンギンが起こすイノベーション

原口 先ほど徳島さんがブルーオーシャンという言葉を使われましたが、ビジネスレザーファクトリーでいえば、革製品のマーケットはものすごくレッドオーシャンで、しかも私たちは後発だったんです。普通に戦ったら勝ち目がなくて。そこで目をつけたのがビジネスシーンでした。プライベートでは自分の好きなブランドで選びますが、ビジネスシーンでは、ノンブランドであってもシンプルで機能的で、価格も手頃であれば、選んでいただける方々も多い。そこが、聖域だと考えたんです。

バングラデシュの工場で職人たちと談笑する原口さん。現地の雇用を生み出すことが最も大切な仕事だ。
バングラデシュの工場で職人たちと談笑する原口さん。現地の雇用を生み出すことが最も大切な仕事だ。

徳島 あぁ、なるほど。

原口 私たちは、自分たちがファーストペンギンとなって、ロールモデルを作って、成功させることが大事だと思っているんです。最初に海に飛び込む1羽のペンギンがいなかったら、続いて飛び込むペンギンも出てきませんから。

―― お二人に続くペンギンはこれからますます増えていくと思いますが、一方で日本の国際協力は、どういう方向を目指すべきだとお考えですか?

徳島 日本の国際協力の考え方は変わりつつありますね。そこには「誰も取り残さない」というSDGsの影響が大きくあると思うんです。僕はよく引き合いに出すのですが、クリス・アンダーソンの提唱したロングテールモデル(*)を途上国の社会問題でたとえると、日の当たらないロングテール部分にこそ数限りない無限の課題があって、右へ右へと長く広がっている状態なんです。国家的な援助の枠組みの中で、その一つひとつを解決していけるかといったら、それは不可能ですよね。テール部分の人たちを誰ひとり取り残さず救うためには、やはり民間の力が必要であり、そこに対してJICAが民間連携という形でアプローチしているのは非常に良い流れだと思います。

*売上の80%は上位20%(ヘッド)の顧客や商品からもたらされるというこれまでのビジネスの常識と全く異なった、下位80%のテール部分のポテンシャルを重視したビジネスモデル。縦軸を販売数量、横軸を商品として販売数量の多い順に並べたグラフでは、売れない商品が右側にしっぽ(テール)のように長く伸びるため、ロングテールと名づけられた。

―― なるほど。

徳島 ただ、日本の技術を途上国に持っていって社会問題を解決する、いわゆる技術援助とか技術移転といわれる形では、ロングテールモデルのファンダメンタルなヘッドの部分にしか対応できず、テール部分、つまり現地の生活者レベルの細やかな、しかしクリティカルな問題をすべて解決するのは困難なんじゃないかと思うんですね。途上国で生まれたテールの部分の課題に対してアプローチをする場合には、日本で生まれた技術を移転するのではなく、その途上国視点の技術開発がフォーカスされるべきなんじゃないか。これまでの協力の枠組みにこだわらず、国も民間も含めたオールジャパンとして途上国発のイノベーションに対してアプローチしていく体制を作る必要があるんじゃないかなと思いますね。

原口 そうですね、私自身は援助機関で働いていた経験から、徳島さんとは少し違った観点でお話しすると、私はなにごとも役割分担だと思うんですね。今私たちがソーシャルビジネスとあえて言いながらビジネスを行うのは、効率を求め過ぎた資本主義経済が作った課題に対して経済で解決することだと考えているから。非効率も含めて経済を“リデザイン”したい。一方で、国や国際協力機関にしかできない分野も、もちろん存在すると思います。収益を生みにくい分野もありますしね。私たちですべての社会問題が解決されるわけではないですから。だから、役割分担をしながら互いに協力し、みんなで良い社会を創っていけたらいいな、と私は思っています。私から「目指すべき」ということはおこがましいので、「目指したい」という気持ちですね。

―― お二人のようにソーシャルビジネスに取り組みたいと考えながらも、何から始めればよいのか分からないという若い世代も多いのではないでしょうか。

徳島 僕をドライブしているのは、課題解決という目標より、どちらかというと“怒り”なんです。なんでこんな理不尽なことがまかり通っているんだ、おかしいじゃないか、という。仕事でも生活でも、古い体制や体質に対する怒りって誰にでもいろいろあるはずですし、その旧弊を変えられるのがイノベーションであり、ビジネスなんだと思うんですね。だから、そのイライラを、自分をドリブンする大きな材料に変え、古いものをぶっこわすディスラプティブ・イノベーションを生もうよ、と言いたいですね。

アプローチの仕方は違えど、世界を良くしたいという思いは共通の二人。

原口 何かを始めるきっかけは、私は怒りでもなんでもいいと思うんですよね。心の琴線に触れるものを大切にする。そしてその理由を探すために、行動する。違和感を持ったら、動く。動いて知る、また動いて知る、と繰り返し、ベストではなく常にベターを選び続けていくことで、最終的に自分にとってのベストが見つかるんじゃないかと思います。失敗したっていいんですよ。人生一度きりですし、自分の人生に責任をとってくれる人なんて自分以外いないから、やりたいことをやればいいと私は思います。

徳島 そうそう。原口さんや僕に転換点があったように、失敗したり挫折したりしても、そこから生まれるものが必ずありますからね。

徳島 泰(とくしま・ゆたか) 1978年、京都府出身。大学入学後すぐにコンピューター部品のハードウエアベンチャー企業に入社し製品開発のノウハウを学ぶ。25歳で独立しウェブシステムとハードウエアを開発する会社を起業。その後、製品開発の上流工程の知見を得るために多摩美術大学に入学し工業デザインのスキルを習得し、大手医療機器メーカーにて工業デザイナーとしてキャリアを積む。34歳の時に青年海外協力隊として、フィリピン国貿易産業省に配属。帰国後、慶應義塾大学大学院に進学し、2017年修了。2018年にインスタリムを創業。フィリピン・マニラと東京を拠点に、3DプリンターやAI技術を活用した途上国向け義肢装具(義足)の製造や、専用3Dプリンター、材料などのソリューション開発に取り組む。

原口 瑛子(はらぐち・えいこ)ビジネスレザーファクトリー株式会社代表取締役社長。1985年、熊本県生まれ。学生時代に「ハゲワシと少女」の写真を見て、「世界中の貧困をなくしたい」という志を持つ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、サセックス大学開発学研究所の貧困と開発修士課程を修了。国際協力機構(JICA)に入構、国際機関との連携事業や中南米地域の円借款事業などを担当。その後、より持続的かつ顔の見える形で志を実現すべく、ソーシャルビジネスでの起業を決意。2015年、(株)ボーダレス・ジャパン入社後、2017年に同社のソーシャルビジネスであるビジネスレザーファクトリー(株)代表取締役社長に就任。バングラデシュの貧困問題解決のため、革製品の自社工場を設立し、貧困層の雇用創出に取り組んでいる。

 提供:独立行政法人国際協力機構(JICA) https://www.jica.go.jp/

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