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「指原さんに人生相談をしたんです」

 野口衣織(20)《私は少し前に指原さんに人生相談をしたんです(笑)。思いの丈を指原さんにバッーってLINEで送ったら電話を下さって直接話を聞いてくれて、それで「今度ご飯行こう」と言ってそのままご飯に連れていって下さいました》

 齊藤なぎさ(17)《2月に上演した『けものフレンズ』の舞台の初日、観に来てくださったときに「表情がちょっと乏しい」と言われて、それで直そうというか意識を変えようと思って、次の日に変えてみたら指原さんから個人LINEで「すごく可愛かったよ、100点」と来て、色々指摘して下さるけどちゃんと褒めても下さるので、すごく優しいなと思います》

 なかでも佐竹は、指原も大きな期待を寄せるホープだった。指原は佐竹卒業についてのコメントで、オーディション時の思い出をこう振り返った。

佐竹のん乃(公式サイトより)

《思い返せば初めてのん乃を認識したのは、オーディションの2次審査のショールームでした。ぶっちぎりの一位で最終審査に現れて、一位になったその魅力に賭けたいなと思い合格にしたのを覚えています》

《「ステージ上でちゃんと笑いなさい」と何度も注意したこと、それを経てステージパフォーマンスがすごく良くなったこと。自分もそうだったんですが注意されると不貞腐れてしまったりそもそも自分の間違えに気づけずに年齢を重ねてしまったりするのですが、ここまで明確に成長できた人は初めてですごく感動したのも覚えています》

 前出の音楽関係者が語る。

「佐竹はスタイルもいいし、おっとりした雰囲気も魅力です。アイドルオタクな一面もあり、アイドルという職業に対して一生懸命なところもいい。控えめな性格の努力家で、熱狂的なファンが多いのも特徴的ですね。佐竹のファンらは自分たちのことを『俺たちが守る会』と自称しています」

佐竹(本人のインスタグラムより)

「交際クラブの紹介で複数の男性会員と逢瀬を……」

 佐竹は卒業の理由を《=LOVEとして活動してきた中で沢山の方と関わっていくうちに、新しく挑戦したいお仕事を見つけました。今後はその道に進めるように精一杯努力していきたいと思っています》と公式サイトで発表している。

 だが、“期待のホープ”だった佐竹は、実名で交際クラブに登録し、非常に高い料金をとって“パパ活”を行っていたのだ。