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連載名画レントゲン

今では当たり前の「屋外で風景を描く」という手法ができたワケ

ジョン・コンスタブル『フラットフォードの製粉所(航行可能な川の情景)』(1816-17年)

2021/03/24

 コンスタブルは19世紀イギリスを代表する風景画家。ターナーと並ぶ二大巨頭で、写生にもとづいた身近な田園風景をよく描きました。

 風景画は予備知識なしに味わえるのが魅力ですが、どういう場面なのか詳しくわかるとより楽しめるもの。この絵の画面左奥に描かれているのは、コンスタブルの父が営んでいたフラットフォードの製粉所。画家はそこに絵の道具を保管し、屋外でこの絵を制作したことがわかっています。製粉所で挽かれた小麦は、画面にもある平底荷船に積まれ、水路に沿って運ばれます。荷船は馬に引かせて移動しますが、画面左下端にちらっと見える橋の下を通るとき、馬を船から外さないといけません。左手に立つ馬はちょうど綱を外したところのようです。

「フラットフォードの製粉所(航行可能な川の情景)」1816-17年 油彩/キャンバス ロンドン テート・ブリテン所蔵

 画面の下には、まるで地面に棒で落書きしたようなサインがあります。ここはコンスタブルが子供時代を過ごした場所でもあり、画中の少年の姿も含め、その頃の記憶を表しているのかもしれません。本作を描いていた頃のコンスタブルは、長年純愛を貫いた恋人と結ばれる直前、そこに母と父の死が相次ぎ、画家としてもなかなか認められず、心が揺れに揺れていたようです。

 実はイギリスでは18世紀末頃から風景画を描くことが中流階級にまで大流行していました。そんな大勢のアマチュア画家のため、絵になる構図をパターン化して指南する本まで出版されたそうです。そうなってくるとプロの画家は腕の違いを見せないといけません。コンスタブルはほぼ完成まで戸外で制作することで、自分らしい作品づくりに励みました。いまでは風景画を屋外で描くのは当たり前に思われますが、かつてはそうではありませんでした。風景画といえども見たままを描くのではなく、構図が決まるように様々な要素をアトリエで組み立てなおすもので、そこに画家の創意があるとされていたのです。コンスタブルはその手法でなく、新たな試みとして自然と直に向き合い、季節ごと、また一日のうちにも移ろう空の様子、影の落ち方などを研究しました。そしてその成果を、荒々しい厚塗り、ハイライトの白い斑点、カラフルな色使いで表現。これらによって大気やみずみずしさを表現するのに成功したと言われています。

 この絵にはスケッチが残っていて、その描き方がとてもユニーク。まずガラスの板をイーゼルにかけ、透けて見えた風景をインクで描き、その上に紙を置いて鉛筆でなぞって転写したのです。この方法はダ・ヴィンチが用いたものでもあります。

 このスケッチとの比較で、コンスタブルが実際の景色をかなりそのまま描いたことがわかります。それでも構図がちゃんと決まるところを選んでいて、手前からスライドインし、左手の川、中央の小道、右手の小川から木々が作り出す曲線が画面内を誘導し、それ自体も画面の中に変化のあるうねりをもたらしています。また雲の形、人々の動き、画面内に点々と施された赤い部分など、見ていて飽きない要素がたっぷりです。

INFORMATION

「コンスタブル展」
三菱一号館美術館 ~5月30日
https://mimt.jp/constable/

●美術館の開催予定等は変更になる場合があります。ご来館前にHPなどでご確認ください。

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