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尾崎世界観「芸能人枠の小説家」

「文藝春秋」4月号「巻頭随筆」より

2021/04/11

 2020年12月18日。第164回芥川賞候補が発表された。尾崎世界観が芸能人枠で芥川賞候補になったと言われていると知ったのは、エゴサーチでだ。やめておけば良いのに、ついやってしまった。エゴサーチは、古い居酒屋に入った際、つい剥き出しになった厨房を見るあの心理によく似ている。汚れたポリバケツや黒ずんだ床を見ては食欲を擦り減らすのに、どうしても反射的に目が行ってしまう。そこにあるのなら、確かめないと気が済まない。もちろん後悔はする。でも、ただで終わらせるわけにはいかない。中にはきっと良い意見だってあるはずだからだ。傷をつけるのがエゴサーチなら、その傷を癒すのもまたエゴサーチだろう。傷口に塗る薬を求めて更に検索を続けてみると、どんどん悪い意見が出てくる。薬を探しているうちに、傷口はもう取り返しがつかないほど広がっている。時々、湿布程度の慰めを見つけても、もう手遅れだ。ゴキブリと一緒で、やっぱり1匹居たら100匹居る。前置きが長くなったけれど、それでも余り有るほどの喜びがあった。芥川賞候補になったという知らせを受けたあの日、やっと書く事を許されたと思った。

小説を書き始めた6年前、ミュージシャンとして行き詰まっていた

尾崎世界観さん

 本格的に小説を書き始めた6年前、ミュージシャンとして行き詰まっていた。ある日を境に、思い通りに歌が歌えなくなったからだ。頭では理解しているのに、歌い始めると声が詰まって上手く出せない。何度練習しても、息は正しい声にならない。頑張れば頑張るほど、なぜだか首の筋肉が硬直してしまう。自分が作った歌の歌い方を忘れた。