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「国は企業も個人も助けない」 コロナ禍で休業を決めた「高太郎」のシェフが語る“就職氷河期世代”の生き方

『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』より#前編

2021/05/13

source : 文藝出版局

genre : エンタメ, グルメ, 社会, 働き方, 読書

 2020年4月7日、新型コロナウイルス感染症(の流行)により、安倍首相(当時)は東京都を含む7都府県に「緊急事態宣言」を発令。外出自粛と、接触機会の7〜8割減をあらためて要請した。しかし飲食店に対して「休業」の要請はなく、補償もなかった。飲食店は補償なき自主休業か、客数が減る中での営業か、正解のわからない選択に苦悶した。

 東京・渋谷にある居酒屋「高太郎」の店主である林高太郎さんもその選択に悩んだひとりである。終わりの見えないコロナ禍、店主は何を思い、どう決断したかーー。食と酒にまつわる「ひと」と「時代」をテーマに取材を重ねてきた井川直子氏の著書『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』(文藝春秋)から一部を抜粋して紹介する。(全2回中の1回目。後編を読む)

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昼吞み、夕吞み

 渋谷といっても、静かな路地に建つ居酒屋「高太郎」。抑えた照明に浮かぶ空間、器や酒器、個性と質感のある酒肴(しゅこう)。目に見えるもの、見えないものにも店主・林高太郎(はやしこうたろう)さんの美意識が行きわたる。この酒場は彼そのもの。熱心に通うお客が多いのは、つまり、誰もが惚れてしまうからだ。

『高太郎』店主の林高太郎さん 撮影:吉澤健太

 どこか役者や演奏家のように、人の心を掴む人。彼の決断は、きっと本人が意図せずとも個人の枠を超え、社会へ波紋を投げかけるだろう。誰かにとっての示唆か、拠り所か、または希望となって。

「高太郎」は二週間の休業を経て、2020年4月23日より営業を再開した。夜型の居酒屋から一転して、14時開店の二部制へ。都の要請による営業時間の制約から、昼吞み/夕吞みの新しい形が生まれた。