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「紀州のドン・ファン」怪死事件 逮捕された“セレブアピールの強い20代妻”の素性

小遣い100万円、全身シャネル…

「紀州のドン・ファン」と呼ばれた資産家・野崎幸助氏(当時77)が2018年5月に死亡した事件で、和歌山県警は4月28日、殺人容疑で野崎氏の元妻の須藤早貴容疑者(25)を逮捕した。野崎氏は和歌山県田辺市の自宅で死亡。発見者は元妻で、体内から致死量を超える覚せい剤が検出されたため、県警は何者かに摂取させられた可能性があるとみて捜査していた。

 当時「週刊文春」では、元妻を含めこの事件の影にあった女性たちの謎を詳報していた。記事を全文公開する。(2018年6月14日号より。日付、年齢、肩書き等は掲載時のまま)

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 毒物カレー事件から20年、メディアが殺到する事件が和歌山で起きた。「美女4000人に30億円を貢いだ」と豪語していた男が死んだ。巨額資産と急死した愛犬、そして55歳下妻と東京から通う家政婦兼秘書。事件の陰にあった女性たちの謎を追いかけると――。

“紀州のドン・ファン”こと野崎幸助氏

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 豊かな乳房を覆う花柄のベアトップドレス。その写真には、斜に構えて微笑を湛えるエキゾチックな黒髪美女が収まっていた。

「実は、野崎社長に須藤早貴を紹介したのは私です。社長はこの写真を見て『美人だ。今すぐに会いたい』と言い出したのです」

野崎社長に送った写真

 写真を示しながら、こう語るのは、“紀州のドン・ファン”こと野崎幸助氏の知人A氏だ。

「4000人の女性に30億円をつぎ込んだ」と豪語してきた野崎氏が77年の生涯に突然別れを告げたのは、5月24日。22歳の妻、早貴さんと2月8日に3度目の結婚を果たしてから、105日後のことだった。

 野崎氏の体内からは覚せい剤の成分が検出され、田辺署が殺人事件を視野に捜査を続けている。

女性の条件は「とにかく美人、身長170センチ以上、20から25歳まで」

 55歳差夫婦の出会いについては「羽田空港でナンパ」「高級デートクラブの客」など諸説入り乱れている。だが、A氏こそがキューピッドなのだという。

「私と社長との出会いは、雑誌の記事でした。『女と遊ぶために金を稼ぐ。歳を取っても美女を抱きたい』という社長に憧れを抱いた私は昨年10月、会社宛に便箋4枚ほどのファンレターを郵送したのです。その後、本人から御礼の電話が入り、交友が始まりました」

 昨年11月30日、野崎氏から高級ホテル「ザ・リッツ・カールトン東京」の1人2万円以上する日本料理屋に招かれた。

「社長の隣には、当時定期的に会っているという23歳の愛人がいました。4年ほど前に高級デートクラブで知り合った身長172センチの美女で、天ぷらのカスをポロポロ落とす社長の口元を介護士のように拭いてあげていました」(同前)

 野崎氏の目の色が変わったのは、A氏の一言だった。

「『自分の周りにもいろんな女性がいる』と話したときでした。社長は『それなら紹介してください。たっぷりと謝礼は払わせていただきますから』と懇願してきたのです」(同前)

 この時、野崎氏には翌月の12月19日に、和歌山県白浜にある老舗ホテルで、会社関係のパーティを催す計画があった。そこに、新しい女性を連れて行きたいのだという。

「社長の条件は、とにかく美人、身長170センチ以上、20から25歳までの3つでした」(同前)

 それから1週間かけて、A氏は条件をクリアする女性を必死になって探し、ある女の子の連絡先を伝えたという。

「社長は、その子に『写真をくれ』『和歌山に来てくれ』と連日ストーカーのように電話をしたようで、彼女は気持ち悪がって早々にギブアップしてしまった。その後、知人の紹介を通じてアジア圏でモデルをやっている女性と知り合ったのですが、その女性は年齢的にアウトでした」

「美人だ。会いたい」自宅にすぐ呼んだ

 だが、彼女が知り合いの女性を紹介してくれた。

「それが早貴でした。昨年12月4日、モデルのオーディションを受けるため北京空港にいたとき、同じオーディションに参加していて出会ったのだそうです。『和歌山のお金持ちがパーティの同伴者を探しているんだ』と話すと、早貴は『いいですよ』と快諾してくれました」(同前)

 だが、1人目の女性で懲りていたA氏は、「野崎氏の目的はセックス」にあることをあらかじめ伝えた。だが、早貴さんは、臆することなく首肯したという。

「(昨年)12月9日、私は社長の会社のアドレスに早貴の宣材写真を添付して送りました。そうしたところ社長は『美人だ。会いたい』と。それで社長は(12月19日の)パーティを待たずに早貴を和歌山の自宅に呼んだのです」(同前)

須藤早貴容疑者

 2人が初めて顔を合わせたのは翌10日のこと。だが、それから、ふたりからA氏への連絡は一方的に途絶えた。

「早貴にLINEをすると、14日になって『19(日)もなしになりました!』と返事が来たので、うまくいかなかったのだろうと考えていました」(同前)

 だが、今年2月下旬、写真週刊誌『FRIDAY』を見たA氏は驚いた。野崎氏の再婚を伝えるその記事に写っていたのは、早貴さんだったのだ――。