大相撲ファンのあいだで、今なお語り継がれている横綱貴乃花と武蔵丸の「世紀の一戦」。それはちょうど今から20年前、2001年5月場所千秋楽のことだった。
互いに現役を退き、それぞれに弟子を育てる師匠となっていた2013年のこと。「文藝春秋」12月号誌上で、かつて鎬を削ったふたり――貴乃花と元武蔵丸の初の対談が実現した。
このたび、20年を機に武蔵丸――現武蔵川親方に、この一戦について振り返ってもらおうとしたところ、意外な答えが返ってきた。
「もう2度とこの一戦について話をすることはない。なぜって? だって、貴乃花が(協会を退職して)いなくなっちゃったからだよ……」
相撲はひとりでは取れない。「相手あってこそ」の相撲である。
同じ土俵にいない、かつての盟友についてひとりで語るのはフェアじゃない――。
武蔵丸は、今後、この「世紀の一戦」について一切口を閉ざし、封印するという。そして貴乃花もまた、2度と振り返ることはないはずだ。はからずも「最初で最後」となった貴重な対談を、ここに再録する。
(司会・構成=佐藤祥子/相撲ライター、全2回の1回目/後編に続く)
※年齢・肩書などは対談当時のまま
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決定戦に出るからには、恥ずかしくない土俵態度を示さなきゃ
貴乃花光司(以下、貴乃花) 今日は「マルちゃん」といつもどおりに呼ばせてもらいますけど、あの時のマルちゃんは、やっぱりやりにくかっただろうと思うよ。
武蔵川光偉(以下、武蔵川) 実を言うと、決定戦は、やりにくいというか、最初からやる気が出なかったんだ。
貴乃花 今でもよくあの一戦について「感動した」と言われるけど、傍から見られてるのと、自分の心境は違っていた。まず本割では、膝がイカレてるし、マルちゃんに子ども扱いされるように突き落とされて、こっちがあっさり負けたでしょう。まず思ったのは、「決定戦では、失礼にならないようにしなきゃ。これじゃいけないぞ」ということだった。
武蔵川 うん、うん。
貴乃花 でも、決定戦で仕切ってる最中にまた膝が外れちゃった。「力士道」は、本来ならああいう姿を相手に見せたらいけないんだよね。気合いは入っていても、相手はマルちゃんだから、もう勝てるわけないともわかっている。でも決定戦に出るからには、恥ずかしくない土俵態度を示さなきゃ、という思いだけだったんだ。
武蔵川 その前に、本割で塩を取りに行った時、審判の九重親方(元横網千代の富士)が、「貴乃花、痛かったらやめろ!」と叫んでたのが聞こえてたんだよ。