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2021/05/20

source : 文藝春秋 2013年12月号

genre : エンタメ, スポーツ

「もう一回貴乃花とやりたい」

武蔵川 それからは、もう半年くらいまったく相撲をやる気なくしたの。稽古していても心と体がバラバラで、場所にも行きたくない。「負けてもどうでもいいや」って投げやりになってた。7月の名古屋場所では、ストレスで血を吐いたくらい。

貴乃花 そうだったんだ……。

©文藝春秋

武蔵川 (貴乃花)親方が、この一戦から七場所連続で休場することになったでしょう。自分もこの頃は、手首の状態がかなり悪かったけど、でも「もう一回貴乃花とやりたい」と思った。このままじゃ自分がダメになっちゃうから、「貴乃花が帰って来るまで待つんだ。心を入れ替えなきゃ」と思うようになってね。それからはもう貴乃花だけしか目に入らない。親方と再び相撲を取ることだけが心の支えだったよ。

貴乃花 それで僕が復帰した2002年の9月、千秋楽で当たって、マルちゃんの右腕で振り回された。投げられて、そのまま土俵を出ちゃったんだ。実はこの時こそ引退しようかとも思っていてね。長い休場明けで、「もう一度マルちゃんと結びの一番を取ったら、そこで引退しよう」と、あの15日間は、その思いで相撲を取っていた。でも因果なもので、この負けで、また「やめられないぞ」という気持ちになってしまったんだけど(笑)。

武蔵川 結果的に、あの場所が僕の12回目で最後の優勝になったんだ。今度は僕が入れ替わるように連続休場して、翌年の1月に親方が引退しちゃった。

貴乃花 だから、この2002年9月場所が二人の最後の対戦になるんだよね。自分の体の限界はわかってたから、今でも、あの翌日に引退会見を開けばよかったという気持ちがある。

「熱い気持ち」を持ってる相手とやりたい

©文藝春秋

武蔵川 僕は、横綱時代ずっと、他の力士はいいから、貴乃花とだけやりたいっていつも思ってた。「千秋楽最後の一番だけでいいよ」って。他の力士は、もちろん弱くはないんだけど、あんまり燃えないの。やっぱり「熱い気持ち」を持ってる相手とやりたいんだ。毎回、場所のあいだじゅう、「早く千秋楽にならないかな」と思ってたんだよな。いつも楽しみだった。

――二人の対戦成績は貴乃花29勝、武蔵丸の19勝だった。

武蔵川 昔は何をやっても勝てなかった。押しても組んでもダメ。入門前から左手首が悪かったんだけど、だんだん悪化してきて、相撲を右差しに変えた。もともと押し相撲だし、普通は引退するところなんだろうけど、「いや、まだまだできる」と思って相撲を変えたら、それでまた流れが変わった。勝てるようになったんだな。

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