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「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!」から20年…貴乃花と武蔵丸「最後の対談」で初めて語り合ったこと

貴乃花×武蔵丸 #2

2021/05/20

source : 文藝春秋 2013年12月号

genre : エンタメ, スポーツ

 1990年代、空前の相撲ブームを巻き起こした立役者の横綱・貴乃花と武蔵丸(現・武蔵川親方)。2001年5月場所、14日目の武双山戦で貴乃花は膝を亜脱臼する。翌日の千秋楽、本割の取組で互いに13勝2敗となり優勝決定戦へと持ち込まれる。貴乃花が阿修羅のごとくの形相を見せ、優勝。時の小泉首相が表彰式で「痛みに耐えてよく頑張った! 感動した!」と叫び、「世紀の一戦」として多くの人々の記憶に刻まれた。

貴乃花に優勝杯を渡す、小泉純一郎元首相 ©時事通信社

 あれから20年。「文藝春秋」2013年12月号より「貴乃花×武蔵丸 世紀の優勝決定戦を初めて語り合う」(貴乃花光司/武蔵川光偉、司会・構成=佐藤祥子/相撲ライター)を特別に公開する。(全2回の2回目/前編から続く)

※年齢・肩書などは対談当時のまま

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師匠の苦労

武蔵川光偉(以下、武蔵川) いろんなスポーツをしていたからわかるんだけど、アマチュアがいきなり横綱とやって勝てるか? って。勝てないのは相撲だけ。他のスポーツならプロに勝つ可能性があっても、相撲だけは無理だよ。それだけ力の差がハッキリしてるのが相撲。でも、今は学生出身がいっぱい入って来て、すぐそこそこの関取になれる。プロの稽古量が減っていて、甘くなってるんだよね。

貴乃花光司(以下、貴乃花) 僕の場合は先代から部屋を継承して10年だけど、最初の頃は相当に厳しくしたんだ。それまで大きな部屋だったから、いい思いをして来た子たちもいてね。でも、これから新しい子を育てていく上でも、意識を変えていかなきゃいけない。たとえば差し入れひとつとっても、横綱大関、関取衆が部屋に10人もいた時代は潤沢で、食べるものに不自由しなかった。でも新しい部屋ではそうはいかない。何があったというわけじゃなく、だんだんと弟子の数が減っていった。「たとえ誰ひとりいなくなっても続けよう」というくらいに思った時期もあったし。

©文藝春秋

武蔵川 僕は今年4月から独立して武蔵川部屋を再興して、今は、相撲経験のない弟子ばかり4人とのスタート。まわしをつけて胸出して、まずは毎日、基礎ばっかりやらせてる。新弟子スカウトはもちろん、地方場所の宿舎の場所を探したりと忙しいけど、大変だとは思わないの。楽しくやってる。毎日ウキウキしてるよ。

貴乃花 もともとマルちゃんはそういう器があるし、師匠となるべき人だったんだよ。師匠の大変な苦労を楽しさに変える、マルちゃんなりの人間力のすごさだろうな。師匠が楽しそうにやってると、のびのびと弟子が育っていくんだろうね。