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93 回の引っ越し… …画号を何度も変更……葛飾北斎の奇人エピソードの裏にあった現代にも通じる「深刻な背景」

HOKUSAI TIMES vol.3

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筆で世界を変えた男、葛飾北斎の生涯や偉業を3回にわたって紹介する。最終回は、江戸幕府による厳しい出版統制を紹介。その上で、北斎が90年の生涯に93回引っ越しをし、画号を30回変更した理由を考察したい。同業者や版元が次々処罰される中、北斎が死の間際まで絵を描き続けることができた背景に迫る。

江戸幕府による出版文化の弾圧

 浮世絵や洒落本など、さまざまな庶民文化が花開いた江戸時代。しかし、その道のりは決して平坦なものではなかった。葛飾北斎の度重なる引っ越しや改号について考察する前に、まずは江戸幕府による出版文化への弾圧について説明しよう。北斎の生きた江戸時代には「三大改革」が行われた。よく知られる享保・寛政・天保の各改革である。これらの改革では、質素倹約や武芸が奨励されたほか、出版・風俗が厳しく制限された。特に、老中・松平定信主導による寛政の改革では、美人画で名を馳せた喜多川歌麿が手鎖50日という重い刑に処され、失意の中54歳で病没。さらに戯作者・山東京伝らが処罰されたほか、版元の蔦屋重三郎は財産の一部を没収され大打撃を受けている。

 しかし、彼らもただ手をこまねいていたわけではなかった。蔦屋重三郎や絵師たちは、禁止されていた遊女の名前を暗号のように入れたり、役者を動物に例えたりして応戦。幕府に対する反骨精神あふれる行動は大衆から支持されたのであろう。出版業は衰退することなく、より活発になっていった。このような幕府と絵師のいたちごっこの状況で描かれた北斎の作品は『冨嶽三十六景』や『諸国瀧廻り』など景色や旅をテーマにしたものが多く見られる。風景画なら、幕府の弾圧を逃れることができたのだ。そんな北斎も、もとは黄表紙の挿絵や春画など、規制の対象となる作品を手掛けていた。幕府にあの手この手で対抗した結果、前人未踏の風景画に足を踏み入れ、世界を驚愕させた『神奈川沖浪裏』など傑作の数々が生まれたのかもしれない。

左上/「諸国瀧廻り 木曽路ノ奥阿弥陀ヶ滝」、右上/「冨嶽三十六景 山下白雨」、左下/「冨嶽三十六景 尾州不二見原」、右下/「百物語 こはだ小平二」
左上/「諸国瀧廻り 木曽路ノ奥阿弥陀ヶ滝」、右上/「冨嶽三十六景 山下白雨」、左下/「冨嶽三十六景 尾州不二見原」、右下/「百物語 こはだ小平二」

生涯で93回も引っ越した理由とは

 93回。これは、北斎が90年の生涯で引っ越しをした回数だ。『葛飾北斎伝』によると、1日に3回転居したこともあるらしい。その理由として、絵を描くことに追われ掃除をする暇がなく、家が荒れるたびに引っ越していたからだ、などと言われている。しかし、本当にそんな理由だったのだろうか。引っ越しをしたことがある人ならわかるかもしれないが、家を移るには多大なエネルギーを消費する。いくら北斎が健康には人一倍気を配っていたとはいえ、年老いてからの引っ越しはかなりの重労働だったろう。それに、部屋の汚さが引っ越しの理由だとしたら、日に3回も転居するほど荒らす方が難しそうだ。財産を没収された蔦屋重三郎、手鎖に処された喜多川歌麿の例を見るに「北斎は、幕府の弾圧を逃れるために転居を繰り返していた」。そう推測することもできるのではないか。

「画狂人」など画号を30回変更

 川村鉄蔵。これが北斎の本名だ。そして葛飾北斎という呼び名は、彼の数ある画号のひとつにすぎない。19歳で勝川春章に弟子入りし、勝川春朗の名で役者絵を発表した後、なんと30回も画号を変えている。主なものは「宗理」「戴斗」「為一」「卍」などで、中には「画狂人」という、まさに北斎の生き方を表したかのような強烈なものも見られ面白い。しかし、作家の責任をも表す画号を、なぜ頻繁に変えてしまったのか。その理由として、画号を売って収入を得ていたという説がある。また、規制の対象だった春画は地下出版物として流通したため、隠号を用い幕府の目を欺く絵師もいた。幕府に目をつけられたら、また名前を変えて描けばいい。弾圧を逃れ描き続けるため、そんな「画狂人」らしい理由もあったのではないだろうか。


映画「HOKUSAI」こんな時だからこそ公開中
描き続けた生涯、今明かされる、北斎のすべて

時は江戸。幕府によって表現者たちが自由を奪われていた時代に、自分の道を貫き、ひたすら画を描き続けた一人の絵師がいた。誰もが知る“あの波”を生み出した孤高の絵師、葛飾北斎である。近年、その絵が新千円札やパスポートのデザインに採用され大きな注目を集めている北斎は、ゴッホ、モネなど名だたる印象派アーティストたちを刺激し、今なお脈々と世界に影響を与え続けている。しかし、若き日に関する資料はほとんど残されておらず、その人生は謎が多い。映画「HOKUSAI」は、現存する歴史的資料を元に史実や作品が生まれた年代などを繋ぎ合わせ、北斎の知られざる生涯に迫るオリジナル・ストーリー。平均寿命が40歳だった時代に90歳の長寿を全うし、3万点以上もの作品を残した男はいかに生き、何を描こうとしたのか?画狂人生の挫折と栄光。信念を貫き通したある絵師の人生が、170年の時を経て、今初めて描かれる。

©2020 HOKUSAI MOVIE
©2020 HOKUSAI MOVIE

出演:柳楽優弥 田中泯 阿部寛 永山瑛太 玉木宏
監督:橋本一
企画・脚本:河原れん
配給:S・D・P
※上映劇場は映画公式ホームページでご確認ください
https://www.hokusai2020.com/index_ja.html


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提供:S・D・P