被疑者死亡で不起訴——。2009年10月26日に発生した「島根女子大生殺人事件」は、7年後、不透明な結末を迎え、真相究明は叶わなかった。なぜ警察の捜査は難航したのか。事件発生時から現地取材をつづけるノンフィクションライターの小野一光氏が検証する。(「文藝春秋」2021年6月号より)
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事件当日、島根県立大学1年生のHさん(当時19)の姿は、アルバイト先であるショッピングセンター内のアイスクリーム店にあった。営業を終了した午後9時過ぎの店内には、Hさんと、同じ大学に通うA子さんの姿があった。
「Hさん先に上がっていいよ」
「あっ、ほんと? ありがとう」
私服に着替え、帰り支度をするHさん。
「(店の)ゴミだけ持っていってね」
「わかったあ」とゴミ袋をもち、Hさんは「おつかれ~」と元気のある声で店を後にした。
午後9時15分、同センターの通用口にある防犯カメラには、ボーダーのワンピースに、黒いレギンスを穿いた彼女の姿が映っている。その後、消息を絶ってしまったのだ。
A子さんは、事件の1年後、2010年10月に私の取材に対し、次のように答えている。
「その日は、とくに誰かと待ち合わせをしているという様子ではありませんでしたし、そういう話も聞いていません。いつもと変わらない、ごく普通の様子でした。だから私も特に気に留めることはなかった。後から行方不明になったと聞いて、すごく驚きました」
事件の数日前、A子さんは彼女に交際相手についてたずねていた。
「Hさんは『いないよ』と答え、『県大、いい男いないねえ』と言って、笑い合いました。彼女は勉強熱心で、バイトの休み時間には英語の本を読んでいたりしていました」
Hさんと連絡がとれないことを不審に感じた母親が、彼女の住む女子寮に連絡を入れたことで、行方不明の事実が判明。28日に島根県警浜田署に捜索願を提出した。だが有力な手がかりはなく、11月2日からは公開捜査に切り替えられた。
そして11月6日の昼過ぎ、浜田市街から約25キロメートル離れた、広島県北広島町の臥龍山の崖下で、キノコ狩りに訪れていた男性が、切断されたHさんの頭部を発見する。