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2021/05/24

異なる車種をマーク

 事件が急展開を迎えたのは、発生から実に7年が経った16年12月のこと。

 島根県益田市の会社員・矢野富栄(よしはる、事件当時33)が殺人、死体損壊、死体遺棄の容疑で書類送検された。だが矢野は死亡しており不起訴。被疑者を取り調べることはかなわなかった。彼はHさんの遺体が発見された2日後、山口県内の中国自動車道で事故を起こし、同乗の母親とともに死亡していたのだ。

 事件発生当初から取材していた私は、Hさんの新盆の直前である10年8月12日に、香川県坂出市にある実家で祖父と面会している。

「犯人が捕まるよりも、まず自ら名乗り出て、ちゃんと(事件の)話をしてもらいたい。いまはどんな相手か、顔もわからん状態ですから。ただ、出てきたら出てきたで、その相手を憎むやろうなあ。私だけやなく、家族全員が犯人が出てくるのをただただ我慢して我慢して、待っとる状態です」

「我慢」の日々は7年におよんだ。しかも犯人は死亡し、Hさんが殺された真相は永久にわからない――。あまりにも理不尽な結末だった。

 真犯人の割り出しに、なぜこれほどの時間がかかってしまったのか。

 行方不明になった当日、Hさんの帰宅ルートをはじめ、浜田市内各所にある防犯カメラに姿が映っていなかったことが大きい。

 またHさんがショッピングセンターから退出した前後に、なんらかのトラブルを目撃した人間はいなかった。そのため顔見知りの車に乗った可能性が高いとして、合同捜査本部は、彼女の交友関係の割り出しを最優先事項としていた。

 元捜査関係者が明かす。

「Hさんがショッピングセンターを退出した前後に、通用口付近で、白いセダンの目撃証言が複数あった。車種はトヨタのマークⅡと見られ、まずは市内の同車種が徹底的に確認されました。やがてそれは同型種のトヨタ車にもおよび、それらの割り出し作業に時間を取られました」

 しかし――。真犯人の矢野が乗っていた車は、トヨタのコンパクトカー・ヴィッツだった。初動の捜査で実際とは異なる車種への絞り込みが行われていたことになる。

 一方、Hさんの交友関係についても、徹底的な洗い出しがなされていた。彼女が暮らしていた女子寮にいた同級生が明かす。

「事件が起きてすぐ寮生全員が大学内の一室に集められ、警察から事情を聞かれました。Hさんの人となり、当日の夜、私たちが何をしていたか、バイト先はどこか、帰り道のルートはどこを通るのか。それらを細かく聞かれました」

「文藝春秋」2021年6月号

 事件発覚から1、2週間後には、顔見知りの犯行である可能性は低いと結論付けられていたという。

 捜査の焦点は、猟奇的な遺体の解体方法に移っていく。遺体は、内臓の一部が取り出された形跡があり、大腿骨の肉も、鋭利な刃物と見られるもので人為的に削ぎ取られていた。先の元捜査関係者は語る。

「遺体が残忍に切り刻まれていたため、合同捜査本部では犯人像について、猟奇的な性向をもつ人物であると、プロファイルしていた。レンタルビデオ店でホラー映画を借りた人物や、刃物店やホームセンターで鋭利な刃物を購入した人物を1人ずつつぶしていきました」