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2021/05/21

source : 提携メディア

genre : ニュース, 社会, メディア

若者の路上飲み報道に感じた「街にゴミ箱が少な過ぎる問題」(トリプルファイヤー吉田靖直)

集団で酔っ払っている若者はうっとうしい

渋谷のハロウィンの報じられ方にも同じことを感じる。毎年、ハロウィン翌日には路上に大量に投棄されたゴミがメディアでこぞって取り上げられる。しかしそもそも、仮にポイ捨ての問題がなかったとしても多くの人はハロウィンで騒いでいる若者自体を不快に感じていたのではないだろうか。

コロナ禍であろうとなかろうと、仮に全員が責任持ってゴミを持ち帰っていようと、若者が集団で酔っ払ってハイテンションになっている様はそれだけでうっとうしい。「集団で酔っ払っている若者が不快な街ランキング」があったなら確実に全国ベスト10に入るであろう高田馬場に私が長年住んでいるせいで、なおさらそう思う。最近は減ったが、以前は毎週末駅前ロータリーで大学生が肩を組んで大学の校歌を歌ったり、あちこちに嘔吐物が落ちていたりした。集団心理で強気になっている感じや、若さゆえの全能感が酒で増幅されているのが鼻につく。

そいつらが「ポイ捨て」という明確な過ちを犯してくれれば批判する大義名分はできる。ただ一方、「ポイ捨て」を強調して批判の対象をわかりやすくされているような報じられ方にも、それはそれで違和感がある。

街のゴミ箱は本当に無駄だったのか

そもそも日本には公共のゴミ箱が少な過ぎる、と私はかねがね感じている。ポイ捨てをしている者も、その多くは若干の罪悪感を持ってはいるはずだ。持って帰るのは面倒だができればゴミ箱に捨てたい、くらいにはたぶん思っている。

もちろん、ゴミ箱が少ないことはポイ捨てを正当化する理由にはならない。しかしポイ捨てをする個人を批判するばかりではなく、もっと構造的な問題にも目を向けていいのではなかろうか。

海外から日本に来た人の多くが、街に設置されたゴミ箱の少なさに驚くらしい。私が子供のころと比べても、ゴミ箱の数はかなり減った。以前は公園に行けばでかい金網のゴミ箱がひとつはあったものだが、最近は見かけない。店前にゴミ箱を置いているコンビニも少なくなった。