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2021/05/21

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genre : ニュース, 社会, メディア

若者の路上飲み報道に感じた「街にゴミ箱が少な過ぎる問題」(トリプルファイヤー吉田靖直)

なぜ日本って街にゴミ箱がないの?【ビックリ日本】

なぜゴミ箱が減ったのか。調べたところでは、1995年の地下鉄サリン事件以降、不審物を隠すことができる場所になるとして、次々とゴミ箱が撤去されたらしい。また、2001年のアメリカ同時多発テロのあとにも「テロ対策」という名目でゴミ箱が減らされた。

しかしゴミ箱がなかったとしても、その気になれば不審物を隠せる場所など街中にいくらでもある。テロリストが「ゴミ箱がないから」という理由でテロをやめることは基本的にないだろう。

実際のところゴミ箱が減った大きな要因は、行政や企業がテロ対策をきっかけにゴミ箱を撤去することでゴミ処理にかかる手間やコストを削減できると気づいたからだという。減らすのは簡単だが、一度減らされたものが元に戻ることは難しい。コストを削減したあとでは、またコストをかけて何かを行うことは無駄に思える。しかしゴミ箱は本当に無駄だったのか。

ゴミが出ることを前提とした商品をそのへんで売っているのだから、ゴミ箱もそのへんに置いてくれてもいいのではないか、いや、置いてくれるべきなのではないか、と正直思う。コンビニで買った商品のゴミをレジ横に小さく設置されたゴミ箱に捨てに行くとき、何かこそこそ悪いことをしているような気分になる。そのあとで、いや、別に堂々としてりゃいいだろ、と思い直すが、そういう心理的障壁を見越してコンビニ側はあんなわかりにくいところにゴミ箱を設置しているのだろうか。一応ゴミ箱を置いてくれているだけでも、今のお店の中では優しいほうかもしれないが。

不寛容で息苦しい社会を作っている一因に?

生きていれば必ずゴミは出る。ゴミは少ないほうが望ましいが、どうやっても出るゴミにすら罪悪感を感じさせる世の中は息苦しい。ゴミ箱の少なさが、他人に迷惑をかけられることを絶対に許さない不寛容で息苦しい社会を作っている一因ではないかと、私は近年わりと強く思っている。

しかし、じゃあゴミの処理は誰がするんだ、ゴミの処理もタダじゃないんだよ、などと言われたら、それは行政か何かが社会福祉としてやってください、と丸投げできるほどの信念も私にはない。