昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載名画レントゲン

構図で読み解く「なぜその写真が名作なのか」

奈良原一高『ヨーロッパ・静止した時間 WTS-047 Paris』(1965年)

2021/06/02

 今回はいわゆる名「画」ではなく名作写真を取り上げます。写真も絵画と同じく平面上に、線・形・明暗などの造形要素によって表現する芸術。名作たる理由は、名画の構図と同じ原理で説明できます。

 奈良原一高(いっこう)(1931―2020)は50年代から活躍し続けた写真家。大胆な構図が特徴で、隠喩的なものを強く感じさせるところがあります。鮮烈なデビューとなった初の個展「人間の土地」(1956)でも既に、溶岩に埋もれた黒神村と人工炭鉱島である通称・軍艦島を取り上げ、自然と人間、社会と人間、という対立を写し出しました。

『太陽の肖像 文集』(奈良原一高著)では、「樹」というタイトルが付いている。© NARAHARA IKKO ARCHIVES 1965年[プリント:1975年] 北海道立釧路芸術館蔵

 奈良原の作品には、写されたもの以上の、何かしらのメッセージを読みたくなるところがあります。本作も、女性と鳥がどちらも孤立した存在であること、「樹々と道」「女性と鳥」の関係性が、意味ありげに思えてくるのではないでしょうか。一体何が、このように見る者の心をザワッとさせるのでしょうか。

 この写真は奈良原の初めての写真集『ヨーロッパ・静止した時間』(1967)の中でもよく知られた一枚。潔い左右対称の構図で、両側に街路樹が並ぶ雪道の真ん中を、黒っぽい服装の女性が中央に一人歩いていて、その手前に鳥が一羽。人の目は明暗差が激しい部分に引き寄せられるものなので、真っ白い雪道に黒い女性と鳥の存在は、強いコントラストを生み「ここに注目」と言わんばかり。

 鳥の存在は、均衡した画面に一石を投じたような効果をもたらします。試しに鳥を指で隠してみてください。急に動きが減って静けさが増すでしょう。遠近法の都合で鳥が相対的に大きく感じられることも、その存在感を強めています。

 また、街路樹の枝が集まって画面上部で三角形をなし、同じく道が遠近法の都合で手前から奥にかけてすぼまって三角形になり、相似形をなしています。ここでは、右手の真っ直ぐでなく湾曲した枝がアクセントになっています。

 画面上部に対して非常に縦長の画面の下半分いっぱいを真っ白い道に割いています。女性が歩いていく先に茫漠とした世界が続いていて、見る者は彼女を待ち受けている側に立っているわけです。この画面下向きへの流れが、樹々が作り出す上向きの流れとダイナミックに拮抗しています。

 このような構図の類似や対比が、見る人ごとの記憶や感覚を刺激し、いろんなイメージを喚起するのでしょう。

 著書『太陽の肖像 文集』(白水社)によると、奈良原は1962年に渡欧。あるとき、パリのリュクサンブール公園の並木道に、20代、30代、50代のカップルが順にあらわれ、次々に通り過ぎる場面に遭遇します。その10分間ほどのできごとを、人の一生が通り過ぎるように感じたそうです。それは、「まるで一枚一枚の写真が近づいて来るみたい」で、「遠い時間の吹き抜ける瞬間に落ちこんでしまっているようだった」と。このような時間の一点を「静止した時間」と名付け、それが写真集のタイトルになっています。本作は写真集の中でも特に、その思い出と重なるものです。

INFORMATION

「新収蔵展示 奈良原一高の写真」
北海道立釧路芸術館にて6月30日まで。緊急事態宣言に伴い臨時休館中。
解除後の開館についてはHPなどでご確認ください。
http://abc0120.net/2021/05/04/10765/

●美術館の開催予定等は変更になる場合があります。ご来館前にHPなどでご確認ください。

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

週刊文春をフォロー