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「練習に励み五輪の日を待つのみ」というアスリートの答えは“逃げ”ではないのだろうか?

文學界2021年7月号「時事殺し」より

2021/06/14

source : 文學界 2021年7月号

genre : 読書, 社会, 歴史, メディア, 政治, スポーツ

note

 さて、この連載が1冊にまとまった。タイトルは『偉い人ほどすぐ逃げる』だ。ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」を思い起こさせるタイトルだが、実際に頭にあったのは、この5月で没後30年を迎えたルポライター・竹中労の著作『エライ人を斬る』だ。だが今、斬られながらも意志を貫く偉い人は少なくなり、とにかく逃げる後ろ姿ばかりが目に入ったので、このようなタイトルに落ち着いた。

5年前から問題としては今に続いている

 時事コラムをまとめた本って、本としては売りにくい部類に入る。この手の本では、わざわざサブタイトルに「2016―2021」などと入れ、律儀に「2016年」から順番に掲載していくスタイルをとる本が多い。しかし、買おうかどうか迷っている人に、わざわざ「2016年なんて、だいぶ前のことですよね」と知らせる効果しかもたらさないので、そんなことはせずに、原稿を取捨選択した上で、グループ分けを試みた。

 すっかり前職の編集者目線を復活させてしまうが、いかにして「今に続く問題だらけ」に見せるか、という作業が必要になってくる。実際に本を開けば、2016年、東京都知事選に立候補して惨敗した鳥越俊太郎が、政治の場に進出しようとした理由を「ペンの力って今、ダメじゃん。全然ダメじゃん」と述べていたことへの苦言から入っているのだから、とても、今に続いている人物の話題ではない。

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©️iStock.com

 だが、人物ではなく、問題としては今に続いていると判断したわけだ。こういった本を編集していると、「主張」と「こじつけ」って、距離の近いものだと痛感する。主張をはっきりさせるために、自分の思索を整理してみるのって、具体的な作業としては「こじつけ」だったりする。自分の頭にあるAとBの共通項を探し出し、その2つをつなぐ橋をかける。橋を補強し、あらかじめひとつの集合体だと考えてきた、と主張してみせる。考えてきたことの共通項を浮かび上がらせる瞬間、というのが、編集の醍醐味ではある。

結構、簡単に逃げ切れる

 政治家も芸能人も物書きもメディアも、そこに住む偉い人たちが、とにかくよく逃げた5年間だった。なぜ逃げるのか。結構、簡単に逃げ切れるからだ。逃げた瞬間こそ「おい、逃げんな!」と叫ばれるものの、翌朝か、1週間後か、1ヶ月後か、それぞれ期間に差はあっても、その「逃げんな!」の矛先が別のところに向かってしまえば、追及から解放されるのである。

 それでもしつこく追及していると、追及している側のスタンスへの疑義が発生し、「てか、いつまでやってんの」「対案も出さないくせに」というお決まりのフレーズを自信満々の攻撃として向けてきて、その問いかけ自体が奇妙だと指摘すると、なぜか「答えられないんでしょう、ハイ論破www」となり、気づけば、逃げた人や組織は、遠く離れたところで悠々としている。

 自分は鳥越の考え、つまり、「ペンの力って今、ダメじゃん。全然ダメじゃん」とは思っていないので、「ペンの力」を信じ込んだ上で、逃げる人たちの背中を捕まえてみた。是非とも手にとっていただければ嬉しい。「あー、あったね、こんなこと」の後に、「で、この件ってどうなったんだっけ?」が生まれ、「ただただ、そのまま放置されている」という事実に気づくはず。それなりに反省を余儀なくされると思う。