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電車に乗るストレスは密接や暑さだけではない…「わざとぶつかる」行為の“明確な悪意”

2021/06/10

source : 提携メディア

genre : ニュース, 社会, 働き方

「わざとぶつかる」行為は“犯罪”だ(僕のマリ)

 

昨年から、コロナ禍でリモートワークが広がり、通勤のストレスが減った人は多いだろう。

毎朝ぎゅうぎゅうの満員電車に乗って通勤するだけで疲れるし、密なので感染のリスクもあった。私の友人たちも「コロナで唯一よかったこと」として、リモートワークが推奨されたことを喜んでいる。家だとなかなか捗らない、という声もあるが、通勤時間が浮いたぶん有意義に過ごせる人も多いはずだ。

電車に乗るストレスといえば、ただただ混んでいることで不快、暑い、人と密接になってしまうことが挙げられるが、それ以外にも悩ましいことはあった。これは暴力の話だ

※写真はイメージです

明確な悪意を感じる「ぶつかり」を、「自意識過剰」で片づけたくない

 会社員だったころ、朝の通勤ラッシュ時に駅中を歩いていると、前方から肩を怒らせたサラリーマンがこちらに歩いてきた。

両者前を見ているので、共に避けるだろうと思っていたが、すれ違う瞬間に男性の身体の向きが変わって、思い切りぶつかられてしまった。よろめいて、反射的に相手のほうを見たが、謝るどころか振り返りもせずにスタスタと歩いて行く姿に唖然としたのを覚えている。

そして、肝心なのがこういうことが何度もあった、ということだ。

けっして歩きスマホやよそ見をしていたわけではない。だが、思い切りぶつかってくる人がいる。これは「混んでいるから仕方ない」という範疇の話ではない。明らかにすれ違う瞬間にこちらに突進してくる。明確な悪意を感じるのだ。単なる偶然ではなく、ぶつかる側が故意にやっている行為だといえよう。

大人の男がぶつかってくるのだから、当然痛い。一瞬の出来事なので何かを言うこともできない状況だ。何もできないだけに、あとから押し寄せてくる怒りや悲しみは大きい。「なぜぶつかられなければいけないのか」と何度も自問自答していた日々だったが、近年声を上げる女性も増えてきた。

このような迷惑行為も、言い方を変えれば立派な「暴行」である。