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「北欧、暮らしの道具店」がなぜ映画を作ったの? 店長さんに聞いてみた

佐藤友子(「北欧、暮らしの道具店」店長)――クローズアップ

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 映画『青葉家のテーブル』は、生い立ちが変わっている。本作を制作したのは、ECサイト「北欧、暮らしの道具店」。北欧デザインのインテリア雑貨やオリジナル商品の販売の他、心地いい暮らしを実現するヒントがいっぱいのコラムや動画などユニークなコンテンツでも人気を博し、月間200万人が訪れる繁盛店だ。

 なぜ雑貨屋さんが映画を? その経緯を店長の佐藤友子さんに聞いてみた。

佐藤友子さん

「時は2017年までさかのぼります。当店を一緒に起業した兄が、開店10周年を記念してウェブCMを作ろうと言い出したのがきっかけです。それから色々なご縁が重なって、今回の映画版でもご一緒した松本壮史監督や映像制作会社の方と知り合うことができました。ところが最初の打ち合わせで、別の企画を提案されてしまい(笑)。これまで面白い取り組みをたくさんしてきたのだから、10周年を記念してウェブCMを作るより、もっと『らしい』方法があるのでは、と。どうせなら当店の世界観やメッセージを多角的、立体的に伝えられる映像作品を作ってお客様にプレゼントしませんか? と逆提案されたのが始まりでした」

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 こうしてまずYouTubeで公開されたドラマ版(全4話)が18年に完成した。

 物語の中心となるのは一風変わった4人の“家族”。シングルマザーの春子(西田尚美)は息子のリク、飲み友達のめいこ、その彼氏のソラオと共同生活をしている。このドラマは大反響を呼び、翌年には映画版の制作が決定した。

「松本監督からはじめての映画版の打ち合わせで出てきたのは〈疎遠〉というキーワードだったのですが、奇しくも私自身、同じテーマで執筆したコラムをお店で公開したばかりでした。その少し前に前職の元上司と十数年ぶりに再会し、深い話ができたことがとても嬉しくて。なぜなら会社の戦力になる前に、起業を理由に退職したことをずっと申し訳なく思っていたからです。そのとき〈疎遠になる〉ということは人との関係性が切れるのではなく、〈疎遠〉という関係が続いている状態なのだと思いました。そんな話で松本監督とも盛り上がり、やはり〈疎遠〉は良さそうですね、となって、このテーマを掘り下げるように脚本作りはどんどん進んでいきました」

 映画版『青葉家のテーブル』では、春子の旧友・知世(市川実和子)の一人娘が美術予備校に通うため、青葉家に居候することに。長野県で中華料理屋を営む知世はちょっとした有名人で、メディアに取り上げられることもしばしば。春子と知世は20年来の付き合いなのだが、若かりし頃の確執を引きずっていて――。

「四十にして惑わずといいますが、40代半ばの春子や知世でさえ後悔や葛藤を抱えて、過去の自分を肯定できず惑いまくっている。大人だから大人らしく振舞う必要はないですし、やり残したことがあれば40代から始めたっていい。若い世代と中年世代の葛藤が交差的に描かれているので、映画を観た幅広い世代の方々が『私と同じじゃん』とほっとした気持ちになってくださったら嬉しいです」

 佐藤さんは「北欧、暮らしの道具店」の店長業と並行して、脚本制作から劇中に登場する料理、衣装、インテリアのコーディネイトまで参加した。さらに、青葉家の人々が暮らすマンションの一室は佐藤さんの自宅がロケ地になっている。

「監督がいちばん私の感性を信頼して任せてくださったのはインテリアや料理、衣装など画作りの部分。かれこれ十数年間、お店で販売する商品をお客様より先に使ってみるという意味で、自宅は常に実験の場所でした。そのため自宅で撮影する際も構えることなく自然に臨めたような気がします。一方、知世が営む中華料理屋は、なさそうだけどありそうな、異国情緒ある雰囲気にしたかったのでミントグリーンをテーマカラーに、たくさんの色柄を取り入れました。暮らしやインテリアの隅々まで丁寧に描かれた稀有な作品として『青葉家のテーブル』を見出してもらえたら本望です」

さとうともこ/1975年、神奈川県生まれ。「北欧、暮らしの道具店」店長。同店を運営する株式会社クラシコム取締役。さまざまな仕事を経て、31歳のときに実兄とクラシコムを創業。

INFORMATION

映画『青葉家のテーブル』
6月18日公開
https://aobakenotable.com/

「北欧、暮らしの道具店」がなぜ映画を作ったの? 店長さんに聞いてみた

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