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連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

緒方家の親族6名を悲劇に巻き込むことになった「湯布院事件」の全貌とは

完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件 #59

2021/06/29

genre : ニュース, 社会

 起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。

 もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第59回)。

北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図

由布院で仕事を探そうと、行方をくらませた緒方

 1997年4月7日、松永太から金策を要求されていた緒方純子は、松永のもとを離れて働き、カネを稼いで送金しようと考えた。そこで4歳の長男を福岡県北九州市の「片野マンション」(仮名)に残して家を出ると、続いて1歳の次男を同県久留米市に住む伯母に預けて行方をくらます。

 緒方が目指したのは、温泉地として知られる大分県大分郡湯布院町(JRの駅名は由布院)。列車を利用した彼女がそこに着いたのは、翌8日のことだった。

 緒方は仕事を探そうと、由布院駅の周辺を歩き回ったようだ。そして、たまたま立ち寄った焼肉店で彼女はMさんというスナックを経営する女性と出会う。Mさんは、詳しい理由は明かさないが深い事情を抱えている様子の緒方に同情すると、自宅に泊めて彼女の職探しを手伝った。

 後にテレビの報道番組から取材を受けた、緒方とMさんが出会った焼肉店の女性店主(故人)は、次のように答えている。

「(店内の椅子を指差し)そこのところに座ってましたねえ。なんか男の人と縁を切りたいからって。あとで話を聞いたんですけどね。見てくれのきれいな人でしたよ。まったくそういう(殺人犯のような)人には見えなかったですけどねえ……」

親身になった2人の女性が縁でスナックへ

 着の身着のままで湯布院町に辿り着いた緒方は、住み込みの仕事を求めていた。だが、身元を明かさない彼女を住み込みで雇ってくれる職場はなかなか見つからない。Mさんは自分と同じ宗教を信仰する「O」という居酒屋を経営する女性(以下、Oさん)とともに、親身になって緒方の面倒を見た。

 やがてMさんとOさんは緒方を連れて、同じ町でスナック「ツバキ」(仮名)のママを任されているCさんという女性の元を訪ねる。それは緒方が湯布院町にやって来て6日後となる14日のことだ。Cさんはスナックの階上にあるアパートの部屋を従業員用に借りており、緒方はそこに住み込みで、ホステスの仕事をすることになったのである。

湯布院町のスナック街 ©️小野 一光

 じつはこの店の存在が表に出たのは、2003年5月の第3回公判以降のこと。そのため当時取材に動いたメディアは少ない。私自身もそれから歳月を経た19年になってようやく「ツバキ」を訪ね、すでに70代となったCさんを、彼女の自宅で取材している。