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連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

“自殺”したはずの松永太が、いきなり押入れの戸を開けて飛びかかってきた

完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件 #60

2021/06/29

genre : ニュース, 社会

 起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。

 もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第60回)。

北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図

緒方の裏切りという形になった「湯布院事件」

 松永太から金策を命じられて行き詰った緒方純子が、1997年4月7日に誰にも告げずに家を出て、大分県の湯布院町に逃走した「湯布院事件」。

©️iStock.com

 緒方の逃走を知った松永は、これまでの犯罪行為が公になることを怖れると同時に、彼女の裏切りに怒りを募らせた。その後の行動については、後の福岡地裁小倉支部での公判で、検察側が冒頭陳述で述べた内容に詳しい。

 当時、松永は福岡県北九州市の「東篠崎マンション」(仮名)90×号室で暮らし、前年に父親が死に追いやられた広田清美さん(仮名)は、その現場となった同市の「片野マンション」(仮名)30×号室での生活を強要されていたが、冒頭陳述には以下のようにある。

〈被告人松永は、直ちに「片野マンション」に赴き、同室の洗面所に閉じ込めていた甲女(清美さん)を同所から出し、「東篠崎マンション」に連れて行き、甲女に対し、「自分たちはここに住んでいるが、そのことは誰にも言ってはいけない。」などと申し向けて口止めした上、同室において被告人両名の長男の世話をするよう指示した〉

 緒方は家を出る際、4歳の長男を松永のもとに残し、1歳の次男を福岡県久留米市に住む伯母に預けていた。冒頭陳述は続く。

〈そして、被告人松永は、和美(仮名=緒方の母)及び智恵子(仮名=緒方の妹)を「片野マンション」に呼びつけて、被告人緒方や二男の所在を追及するなどして、平成9年(97年)4月8日ころ、取りあえず和美らから二男を「片野マンション」に連れ戻した〉

 そこで緒方を連れ戻すために、夫の孝さん(仮名)に意見ができる和美さんを利用すれば、緒方一家をうまく操れると考えた松永は策を講じる。

〈被告人松永は、それまで同緒方に隠れて和美と連絡を取り合っていた際、和美に対し、同緒方が詐欺で指名手配にかかっていること、甲女の父の死体解体等に関わっていることなどをほのめかしていたことから、これを和美から孝にも話させ、世間体を気にする孝を不安に陥らせ、緒方一家全体で被告人緒方を取り戻さなければならないと思い込ませることにした〉