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《写真多数》50年前のボロボロ“ハコスカ”を新車同然の乗り心地に…奥深すぎる「レストア」の世界に密着する

2021/07/18

genre : ライフ, 社会

 思い入れのあるモノを大切に長く使うという価値観は、商品の飽和する現代社会とは相性が悪い。2年契約の更新と同時に買い換えられるスマートフォンを筆頭に、年々モデルチェンジを繰り返す電化製品は、新しければそれだけ生活の質を向上させてくれる。

 自動車もその例外ではない。近年では、残価設定型ローンやサブスクリプションといった購入形態が普及しはじめ、3年~5年での乗り換えも珍しくなくなった。

 しかし一方で、自動車は旅行やデートをはじめ「特別な記憶」と結びつきやすく、本人にとって「移動手段以上の意味」を担うこともある。「最新こそ正義」とされる工業製品の世界において、替えのきかない「思い出」や「憧れ」が個人的な価値を形成するのである。

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 最近では女優の伊藤かずえ氏が、30年間乗った初代シーマをレストアに出し、SNSを中心に話題を呼んだ。こうした「モノへの思い入れ」が世の関心を集めたという事実は、現代においてもなお「新しいだけが価値ではない」という観点が残されていることを示しているだろう。

 とはいえ当然、古くなればそれだけ不調や不具合も多くなる。レストアしたからといって、数十年も前の車を、現代においてストレスなく動かせるものなのだろうか。

有限会社スターロード外観 写真=坂口尚

 こうしたレストアの実情について専門家に話を聞くべく、東京都江戸川区でレストア業を営む「有限会社スターロード」の井上代表のもとを訪れた。同社は「ハコスカ」や「ケンメリ」、「S30Z」など、60年代~70年代の日産スポーツ系車種を専門に扱う老舗ショップである。

そもそも「レストア」って?

 まずそもそも、「レストア」とは具体的にどのような作業を指すのか。厳密に定義はできないが、「修理」が特定箇所を直すというニュアンスを持つのに対し、「レストア」は経年劣化した車を全面的に修繕することを指している。ボディからエンジン、駆動系や足回り、さらには内装に至るまで、常用に足る水準へと復元する大がかりな作業である。

パーツをすべて外した状態のハコスカ。ボディを剥がしてはじめて見つかるサビも多い。ここから、問題のある箇所をすべて修繕し、再度組み上げていくことになるのであるから、その労力は想像を絶する 写真提供=有限会社スターロード

 しかし問題は、この「常用に足る水準」をどのラインに設定するか、ということだ。

「ちゃんとやろうとすれば原価も時間もものすごくかかるよ。もちろん値段も高くなる」

ボディ内部の見えない部分まで丁寧に修繕すれば、表面の仕上がりにも明確な差が出る。映り込んでいる車の像がくっきりしていることがわかるはずだ。プレスラインのエッジも効いている 写真=坂口尚
一方、構造的な修繕を加えず、表面だけ塗装したハコスカの画像。発色はいいが、映り込みにムラがあり、プレスラインもはっきりしない 写真=坂口尚

 無数の部品を一旦すべて取り外し、ボディを成形・溶接したうえで、エンジンから内装まで分解しながらリフレッシュしていく。気の遠くなる作業を考えれば、「レストア済」として売り出されている車両の価格にも納得がいくだろう。