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連載名画レントゲン

入浴後の女性のお尻にドキッと…斬新かつ大胆な「のぞき見」的構図

エドガー・ドガ『浴槽の女』(1891年頃)

2021/07/14

 エドガー・ドガ(1834–1917)は印象派に分類されますが、本人は独自路線の写実派を自任していたようです。題材は肖像画に始まり、次第に踊り子や水浴する女性たちを、まるで「のぞき見」したような視点から描くことが増えました。現代では物議となるところですが、構図の斬新さと、ドガの素描家としての技量が発揮されているのは事実。

 画面は、左上の窓から光が射しこむ部屋の中、右奥に見えるベッドの脇で、女性が湯浴み後のたらいの始末をしているらしき瞬間。当時の人はこのような女性の生活の素の状態にドキッとしたでしょう。

エドガー・ドガ「浴槽の女」
1891年頃 パステル・カルトン ひろしま美術館所蔵

 ドガの作品は「大胆な構図」とよく言われます。まず、この「のぞき見」的な視点が、珍しい構図に繋がっています。一般的には人物画は前か斜め前から見た姿に描かれますが、それを後ろから、しかももっとも重要な頭部がほとんど隠れ、お尻の方が手前で目立つように配置しています。

 次に、ドガは「普通は画面のこのあたりに主役を描くだろう」という位置をあえて余白や背景に回し、背景にするだろう部分に主役を置くといった反転をよく使いますが、本作でもそう。画面中央から下部の主役を配置したくなる場所に目立たない頭部とたらい、最も目立つお尻は画面の左上の端に寄せています。

 これらのドガらしさは、同時代に革新的な画風を切り開いたエドゥアール・マネが描いた「たらい」(1878、オルセー美術館蔵)と比較すると明瞭。女性を中央に配置し、後ろから捉えつつも、顔と視線を見る人に向けています。

エドゥアール・マネの「たらい」(1878年 カンヴァス・パステル オルセー美術館所蔵)

 ドガは写真に関心が深く、少なくとも1895年にはコダックのカメラを愛用していました。彼の構図の大胆さはスナップ写真に着想を得たかのようですが、実は小型カメラの発売(1888年)以前からの特徴。写真術の影響はあるものの、むしろ浮世絵の構図に学んだと考えられます。

 そんなドガが好んで用いたのはパステル。色の素となる顔料と白い鉱物の粉末を粘着剤で固めたもので、油絵具に比べると乾かす時間が必要なく、チョークのように手で持って紙に直接ササッと描けるのが利点。アカデミックな訓練も受けた素描力に優れたドガが、何気ない一瞬を素早く切り取った表現にもぴったり。

 本作では、ドガがパステルを走らせた跡がしっかり確認できます。正確に捉えた人体の輪郭線、人物の背中の明るい部分は右上から左下へと短く斜めの線を平行に並べたハッチング、手足・たらいの中・絨毯は短い縦のハッチングで埋められているところなど。パステルカラーというくらいですから、淡い色合いと粉っぽい艶のなさが魅力。オレンジ系の暖色を中心に、補色になる青系で影を表した印象派的な配色です。

 忘れずに見てほしいのは右下角。たらいにかけたタオルが構図をピリっと締めます。

ひろしま美術館 コレクション展示 第一展示室
https://www.hiroshima-museum.jp/collection/

●美術展の開催予定等は変更になる場合があります。お出掛け前にHPなどでご確認ください。

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