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「普通って何? らしさって何?」。起業家 辻愛沙子と国際協力のJICAプロフェッショナルが考えた世界から見た日本

文春オンライン×CREA WEB特別企画⑤「ソーシャルビジネス×ジェンダー平等がもたらす地球の未来」

2021/08/25

貧困の解消、多様性の共存、ジェンダー平等など、世界は今、様々な社会課題に直面している。SDGsの急速な広まりは、解決に挑む国際社会の決意のあらわれと言えるだろう。だが一方、新型コロナウイルスの影響により、社会の不均衡はさらに拡大しつつあり、ミレニアル世代・Z世代と呼ばれる若者層は、先の見えない閉塞感に苛まれている。その現実に対し、今、日本は、そして国際社会はどうあるべきか。株式会社arcaのCEOであり、社会課題をクリエイティブという手法を通じて変えていこうとする、クリエイティブディレクター辻愛沙子さんと、国際協力機構(JICA)民間連携事業部長として、開発途上国の様々な課題解決に向けてビジネスと連携した取り組みを進めている原昌平さんが、世代を超えて語り合った。

“らしさ”にくくられる日本社会の閉塞感

―― 辻さんは、中学はスイス、高校はアメリカで学び、帰国されてからは大学在学中に起業されたわけですが、日本と海外の教育の違いをどう感じましたか?

 幼稚園と小学校は一貫教育の女子校に通っていたんですが、すごく校則が厳しく、制服はもちろん下敷きの色まで指定されるような学校だったんですよ。楽しく穏やかな毎日だったのですが、こんなに偏りのある平和すぎる環境しか知らずに歳を重ねていていいのかという不思議な焦燥感が芽生え始めて。それで、こことは全然違う世界を見たい、自分の知らない世界はまだまだたくさんあるはずだという思いが強くなり、中学進学の時に両親を説得して海外に留学させてもらいました。

株式会社arca 代表、クリエイティブ・ディレクターの辻愛沙子さん。
株式会社arca 代表、クリエイティブ・ディレクターの辻愛沙子さん。

 私にも高校生の息子と中学生の娘がいるので、自分の娘がそう言いだしたらどうしようかなと身につまされますが、そんなことを言い出してほしいな、とも思います(笑)。

 海外からこっそり資料をとりよせて、「私はここの学校に行きたい」って親にプレゼンしたんです(笑)。それでいざ留学してみると、海外の学校はいろんな国の子が集まっているので、校則どころか“普通”を規定しようがないんですよ。髪色一つとっても、どれがマジョリティだっけと考えても、それぞれルーツが違うので一つに決めようがない、というような環境だった。それを見た上で日本に帰ってきた時、改めて、どこの誰が決めたのか分からない“普通”みたいなものがすごくたくさんあるなと、痛感しました。平和だからでしょうけれど、誰かが作った“普通”が存在するという安心感が、良くも悪くも日本には深く根付いているように思います。

―― その普通というものが、悪い意味での枷になっていたり、ブレイクスルーを生まなくなってしまっていたりするのでしょうか?

 そうですね。いわゆる“らしさ”みたいなものがたくさんある気がしていて。女らしさ、男らしさもそうですし、若者らしさとか、起業家らしさとか。学び方も楽しみ方も人それぞれ違うはずなのに、外から見た“らしさ”だけでくくってしまい、本当に相手のことを理解するための工数というか手間を省略しようとする文化が日本にはあるように感じます。それは危ういことだなと。

スイス留学時代の辻さん。様々な国籍の友人たちとバンドを組んだ。
スイス留学時代の辻さん。様々な国籍の友人たちとバンドを組んだ。

―― 一方で原さんは、途上国の子どもたちの置かれている環境や教育文化を見てこられたと思いますが、やはり日本とは大きな違いがありますか?

 私はインドとイラクに駐在していた経験があるのですが、途上国の教育には様々な課題があって、中でも教え方は結構詰め込み方式が多いんですよね。先生が黒板に書いたことを全部ひたすら書き写すとか、教科書をそのまま覚え込ませるみたいな教育が多くて。そこが非常に大きな制約になっていると思います。

 正解が決まっている問いをひたすら解く、みたいな?

 はい。ただ、開発途上国は今、すごくダイナミックに変わってきています。私は90年代後半にインドでデリーの地下鉄事業を担当していたんですけども、それまでなかった地下鉄ができると、デリーの街や社会が大きく変わっていくんですよ。そこで重要になってくるのが、やっぱり若者なんですよね。今の途上国の若者は、インターネットでどんな情報でも手に入れられるんです。以前は若者も非常に狭いコミュニティで暮らし、一種の視野狭窄状態に陥りがちでしたが、今や誰でもスマホが持てて、YouTubeで国外のことを何でも見られるし、世界中の人といろんなディスカッションもできる。これは大きなパワーになり得るし、一方でリスクにもなり得る。

原昌平さんのインド駐在時代(写真中央)。デリー地下鉄総裁のSreedharan氏と。
原昌平さんのインド駐在時代(写真中央)。デリー地下鉄総裁のSreedharan氏と。

 あぁ、確かに。

 私から見ると、辻さんは学生時代から今に至るまでの極めて短期間に、すごい熱量を発してきているように感じるんですね。それと同じようなエネルギー・願望が、途上国の若者にもあるんです。それをちゃんと形にできるよう取り組む機会を与えられるかどうか、トライ・アンド・エラーも含めて彼らがやりたいことにエネルギーを使える環境を作れるかどうかが、途上国や世界の未来にとって重要になる。

 表面化していないけれど、日本でもきっとそういった課題は増えてくるんだろうと思いますね。先日見たデータで衝撃を受けたんですけど、自分自身が社会を変えられると思えるか、というアンケート調査を10代にしたところ、日本は「思う」と答えた率が圧倒的に低くて、18%とかだったんですよ。他の国は少なくても40%、50%を超える国もたくさんあるのに日本だけが10%台だったんです。それこそインドとかは結構高くて、自分たちがこの国を変えていくんだ、自分たちの手でっていう熱量がすごくあるんだと思います。

 そのとおりですね。

 逆に日本は豊かで経済的な環境が満たされていても、自分の声が届かない、国会中継を見たら自分の代弁者とは思えない政治家ばかりが溢れているという社会では、熱量の持ちようがない。それなのに、老後に備えて2000万円貯金しておいてくださいね、と言われたって、目の前には自分の奨学金返済がある。無理なんだけど…、みたいな、そういう閉塞感が日本の若者にはすごくある気がしていて。一定の水準まではもちろん経済的に満たされているところはあるかもしれません。でも、今の若者たちはその成熟していたはずの社会の中で、希望を見出せなくなっているのではと思うことがあります。

声を届け、声を育てるクリエイティブ・アクティビティズム

 コロナ禍によって、辻さんがおっしゃる社会の閉塞感や不均衡が強まっているように感じますが、ポストコロナの社会は、いわゆるK字型回復になるのではないかと言われています。つまり、景気が現状から回復するにつれ、豊かな人はどんどん上へと伸びていくけれど、貧しい人とのギャップは広がっていく。

 K字、なるほど。

 女性や子ども、インフォーマルセクターといった脆弱層が困窮し、子どもたちには教育機会の喪失やDVなどの危機が高まってくる。難民問題も各地で発生しています。そういう今の状況においてこそ、SDGsでいう「誰一人取り残さない」ということ、日本政府とJICAが推進している「人間の安全保障」といったことが非常に重要になると思いますね。

―― 程度の違いはあれ、日本も決して例外ではないかもしれません。

 その通りです。一方で、コロナ禍のいろいろな制約によってみんなが感じているフラストレーションを逆手にとれば、老若男女問わず一人ひとりが、自分と社会・世界との関係とは何なのだろうかと見直すきっかけになるような気もします。

 なるほど。確かにそうですね。

 例えば、我々日本人の生活って途上国と切り離せないんですね。気候変動などの地球環境もそうですし、もっと身近なところで着るものや食べるもの、すべてのものがつながっている。コットンのTシャツを1枚買うにしても、サプライチェーンをずっと遡っていくと、実はインドの片田舎の農家とつながっているわけです。彼ら搾取されがちな人たちの環境をどうやって改善していくのか、チャイルドレイバー、つまり児童労働をどう減らしていくか。

日本人の生活も途上国とは切り離せない。普段手にしている製品が児童労働によるものである可能性も。 ©getty
日本人の生活も途上国とは切り離せない。普段手にしている製品が児童労働によるものである可能性も。 ©getty

―― 「チャイルドレイバー・フリー」という言葉も最近ではよく耳にします。

 そうした課題も含め、このコロナの状況においてこそ、人々がより広い世界に思いを馳せて、何らかの行動に移していってほしい。そのためには、若者たちや、それほどJICAの活動に関心が強くない人たちにもアウトリーチを拡げる必要があるのですが、そういう層には、辻さんが取り組んでおられるクリエイティブやプラットフォームが親和性を持っているのかな、と。

 そうだと思います。私はよく「クリエイティブ・アクティビズム」という言い方をするんですけど、社会に対するアクションの型って、デモとか、署名活動とか、そういう型だけに決まっているわけではないと思っていて。例えば社会貢献している企業の製品を選べばアクションになるように、日常の中にアクティビズムの種ってたくさんあるんですよ。私の仕事で言うとメインは広告ですが、企業のメッセージを社会にどう発信していくのか、逆に言うと生活者が感じているモヤモヤや、そこにある課題に企業がアプローチするのをどう後方支援をするか、どう一つひとつの声を可視化してうねりを作っていくか、それがクリエイティブ・アクティビズムだと考えているんです。誰かの声を届ける、あるいはその声を育てる受け皿や拡声器みたいなものが、もっともっと社会に増えてほしいなと思っていて。

 クリエイティブというアプローチをとることで、確実に輪は広がっていくということですね。

 そうなんです。クリエイティブって、コピーやデザインを一つ加えるだけで、説教臭さをなくして声を届けやすくする力があると思うんですね。自分からは遠く感じる課題とか、一人では変えようがないと思うような状況とかであればあるほど、そういうポップな表現が大事になる。そう信じて、私はクリエイティブ・アクティビズムを掲げて仕事をしていますし、JICAの活動についても、役に立つ見方かもしれません。

辻さんが企画した2019年の「LadyKnowsFes」。女性の健康と生き方をアップデートする、新しい健康診断の形を提案。
辻さんが企画した2019年の「LadyKnowsFes」。女性の健康と生き方をアップデートする、新しい健康診断の形を提案。

ミレニアル世代・Z世代こそ高い熱量を秘めている

―― 辻さんがおっしゃっていた若者たちの閉塞感について、もう少し聞かせていただけますか? いわゆるミレニアル世代やZ世代ということだと思いますが。

 先ほどJICAの冊子を拝見したのですが、2019年時点で日本はGDP世界4位だったけれど、2050年には8位に転落していると書いてあったんです。もちろん経済成長だけが豊かさではないとは思うんですけど、上がっていく国なのか下がっていく国なのかという相対的な観点で見ると、2050年も当然生きているはずの自分たちはしんどいなぁって、私たち世代は思うわけです。特に、バブリーな時代を知らず、最初からオワコン状態で生まれてきている若者は、すごくそのプレッシャーを感じている。

 うーん、それはそうかもしれませんね。

 私の会社は「arca」というんですけど、これ、箱舟という意味なんです。その相対的な価値基準の渦に私も巻き込まれているのかもしれませんが、やっぱりすごく閉塞感があって、経済の数字だけ見ると落ちていく日本の中で、聖書でいう洪水みたいな絶望に近い混沌の時代がいずれ来るんじゃないかって、そのしんどさをものすごく感じている世代なんですね。じゃあ自分がなんのためにビジネスを始めたかというと、同じようなしんどさを抱えている人たちだったり、“らしさ”に縛られて生きざるを得ない人たちだったり、そういういろんな人たちを乗せて運べる箱舟でありたいなっていう思いからだったんです。箱舟は、生物の種や人種を超えて、あらゆる生き物を乗せて進む、多様性の象徴なので。

キャリアの最初の頃に辻さんが担当した、那須のりんどう湖のリニューアルプロジェクト。
キャリアの最初の頃に辻さんが担当した、那須のりんどう湖のリニューアルプロジェクト。

 あぁ、そうなんですね。確かに、私が就職した頃は終身雇用を前提として就職するのが真っ当な道だという時代でしたが、今は世の中が変化して、これが正しいという道しるべがなかなか見つからない。だから、若い人たちの中には、みんなで荒野を行くような感覚があるのかもしれませんね。

社会人として現JICAに続く海外経済協力基金(OECF)で働き始めた頃の原さん。出張先のバングラデシュのダッカのバザールで。
社会人として現JICAに続く海外経済協力基金(OECF)で働き始めた頃の原さん。出張先のバングラデシュのダッカのバザールで。

 そうだと思います。

 ただ一方で、まさに辻さんがそうであるように、私の社内を見ても若い人たちの意識はすごく高くて、自分が働き始めた頃より熱量をすごく持っているし、かつ外ともつながっていろんな新しいことを始めているんですよ。例えば、JICAの中で新しい事業を提案するコンテストがあるんですけど、入社1年目の人たちが集まって提案したのが、何と「虫を食べましょう」っていう企画で。

 へー、最近話題の昆虫食なるものですね。面白い!

 そうなんです。昆虫食で途上国の人たちも豊かになるし、私たちも新しい栄養源が見つけられるし、というプレゼンをして、実際に今いろいろ動いているんです。入社1年生がそういうことやるって、私らの頃は考えられなかった。そういう意味で、若い世代には非常にポテンシャルがあるし、熱量も溜まってるんだと思うんですよね。

将来のタンパク源と言われる昆虫食。日本でも少しずつ普及。 ©getty
将来のタンパク源と言われる昆虫食。日本でも少しずつ普及。 ©getty

 ちょっと分岐点に来ている感じはしませんか? 熱量はすごくあるんだけど、まだアウトプットする場がないからアクションにもつながっていないだけで、もしそれが見つかれば、水風船みたいにパーンと割れてワーッと熱を放出するんじゃないかと。そういう時期が来ているように私は感じています。

「内省」「開示」がなければ「変化」は伝わらない

―― 先ほども少しお話に出た“らしさ”やジェンダーのことですが、日本はジェンダー平等の意識が世界に比べて遅れていると言われています。おふたりはどうお感じになりますか?

 身の回りのちっちゃなことから大きな組織の中でのことまで、日常的にいろいろあると思います。私の例だと、仕事で遅くなって、夜中の1時とかに「あー疲れたー」ってタクシーに乗ったら、運転手さんに「若い子は遅くまで遊んでいていいね」みたいに言われてカッチーンってなったり(笑)。組織でいうと、同じ会社で同じ賃金をもらって働いていても、なんとなくケア労働的なものは女性がやるっていう雰囲気、ありますよね。お茶を入れるのもそうですし、宅配の人が来た時に「はーい」って率先して立つのはやっぱり女性だったり。

 我が家では必ずしもそうではないですが(笑)。

JICA民間連携事業部長の原昌平さん。インドやイラク駐在を経て現職に。
JICA民間連携事業部長の原昌平さん。インドやイラク駐在を経て現職に。

 素敵ですね(笑)。そういう個々人のバイアスが集積したときに生まれる関係性の上でのハレーションがあって、さらにそれが積み重なって大きな問題になり、数値としてのジェンダーギャップにつながる。賃金格差もそうですし、上場企業の女性役員の比率が未だ5%に過ぎないこともそうですし。でも、この2年ほどでそれもすごく変わってきて、そういうことに関心を持つビジネスパーソンも企業も増えてきましたし、メディアも増えてきました。男性も女性も、女性の問題ではなく自分ごととして話せるトピックになってきたなって感じるので、すごく希望を持って捉えているところもあります。

 JICAは比較的進んでる方だと言われていて、例えば女性管理職の比率が20.5%となっているんです。

 あ、そうなんですか!

 一方で、男性の育児休暇取得は、増えてきてはいても、まだまだかなと思うところもあって。私の部署でも先日育児休暇の申請があったんですが、一人は丸一年とります、でももう一人は「奥さんとの約束なんで、一週間とります」と。もうちょっとまとめてとってもいいのに、という気はするんですよね。

 もちろん性別をとっても一人ひとり違うので一括りにはできないですが、ジェンダーギャップの問題は男性側が悪い、という話でもないと思うんです。男性にとっては、男性社会の中で弱さを見せることになるとか、相対的な社会の評価の中で枠から外れる恐怖心があるのかもしれないと思っていて。ある種、女性とはまた違った形で生きづらさを抱えている。そういう価値基準をあまりにも社会が前提として強要してきてしまったために、他者だけでなく自分自身をも毒しているのかもしれないと思います。

―― 最初に辻さんがおっしゃっていた、“らしさ”を求めすぎてしまった社会の構造が残っているのかもしれませんね。

 私は、変化やアップデートのプロセスにおいては、「内省」「開示」「前進」という3つのステップがとても大事だと思っているんですよ。今、SDGsとかジェンダーイクオリティーとかすごく取り上げられていて、それはもちろんとても大事なんですけど、その圧がすごすぎて、一番最後の「変化」ばかりにフォーカスが置かれている気がするんです。

 「内省」と「開示」が抜けている?

 そうです。これはジェンダーに限ったことではありませんが、性別や年代の如何に限らず、自分自身の中にある無自覚な偏見や加害性に向き合い、何が問題なのか、もしくは問題になり得るのかを一つひとつ自覚的であろうという意思を持って紐解いていく。まず、それが内省するということだと思います。次に、それを開示していくこと。自分の中で無意識に規定してしまっていたことを一つひとつ捉え直して内省していった結果、「こういうところからバイアスを生んでいたかもしれないと思った」と開示していくことが必要だと思うんです。「彼氏に『なんでおごってくれないわけ』って思ってたんだけど、そもそも私にもジェンダーのバイアスあったわ」みたいに。

企業もそうだと思うんですよ。これまでこういう問題がありました、まずそれを内省してみて課題を明確にしました、で、それを開示した上でこう変わりますって言わないと、信用されない。そういう意味で、今の社会には内省と開示がすごく足りないような気がしているんです。

―― 自らが持っているだろう加害性を認識すること、それを内省して開示することの大切さという話は、情報社会となった今の時代こそ響く話ですね。

熱量をもつ人々をエンパワーメントしていくことが大切

 よく、「JICAはカタリスト、触媒です」って言い方をするんですよ。いろんな人と関わって、新しい価値を生み出すんだと。ただ、私自身は、そのカタリストって言葉にはちょっと抵抗感があって。なぜかというと、カタリストって、たとえば化学実験の時に白金を使うと、白金自体は変化しないけれども、何かの反応を促進させるということを指しますよね。とすると、JICAが自分たちをカタリストって呼んじゃった瞬間に、JICAは白金で、何も変化しないってことになっちゃう。

 あー、なるほど。関わった相手は変わっても、自分たちは変化しない。

 そうではなく、自分たちも変わっていかなければならないとだめだって、私は言っているんです。特に今は民間連携事業部という部署で仕事をしているので、外部の民間企業の方々といろいろな連携をして、新しいプロジェクトを生み出しつつ、自分たちもどんどん変化していきたいと考えています。そもそも、JICAのような途上国への協力って、やっている側は「自分たちはいいことをやっているんだ」という思いが強くて、昔は、ビジネスは金儲けだから不純で、逆に自分たちは純粋だ、みたいな考えがありました。今はずいぶん変わってきたと思いますけども。

 確かに、特に日本はお金に対する抵抗感がものすごく強い国ですよね。経済合理性の追求と倫理が相反していて、支援を行うようなNPOとか団体は清く貧しくあれ、みたいな。でも、清貧だけでもなく利益の追求だけでもなく、その2つをしっかりつないでいくことが必要なんだと思います。日本では「綺麗事」って言って揶揄するところがありますが、綺麗事をしっかりやっていく人がいないと、世の中は綺麗にならない。だから、JICAのようにそういうことを組織命題として取り組む人たちが日本にも世界にもいるということは、すごく大きな希望だなと思いますね。

イラク駐在時代の写真。看板には「JICAの資金は単なるお金にあらず、我々の生活につながっている」というイラク側が発案したメッセージが。
イラク駐在時代の写真。看板には「JICAの資金は単なるお金にあらず、我々の生活につながっている」というイラク側が発案したメッセージが。

 辻さんは以前、クリエイティブというのは想像力が大切なんだとおっしゃっていましたが、JICAのような途上国への開発協力で一番重要なものも想像力じゃないかと思うんですね。というのは、我々日本で生まれ育った日本人は、現地に入って現地の人とおんなじような生活をしたからといって、やっぱりその国の人にはなれない。むしろ外部者として、現地のいろいろな人、閣僚もいれば、一般市民、貧しい人たちもいる、そういう様々な人たちを仲介できる強みを生かせないか。彼らと一緒に課題を解決していくうえでは、自分たちが彼らそれぞれの立場だったらどう考えるか、といった想像力をいかに活かしていくかが、すごく重要な要素になる。だから、JICAのような仕事に携わる人の基礎力として必要なものと、クリエイティブっていうのは、結構通じるものがあるのじゃないのかなっていうふうに思っていて。

 本当にそうですね。もう一つ、JICAや企業に担ってほしいことは、エンパワーメントだと思っているんです。エンパワーメントって、解を与えることではなく、力を与えるということですよね。例えば、水を必要としている途上国の町にペットボトルの水を持っていくのではなく、現地の人と一緒に井戸を掘れば、彼らはその後、それを力として自分たちで活用できる。

 そうですね、それが協力のあるべきかたちですね。

 遺伝子を外から持っていっても、それを自分たちの中で芽吹かせないと何も変わらないので、「こういうことをしましょう」ではなく、「こういう場所を作りました、みなさんここで何をするかアイディアをください」というほうがいい。これは、途上国に限らず、日本の若者に対してもそうだと思うんです。若い世代も含め、みんなどこかで自分の役割を求めているし、熱量はあるけど発する場所を探しあぐねているんだと思うんですよね。そういう若者たちがやりたいことを大人たちがサポートしていって、事業としてやりきれるプログラムやプロジェクトがあると、きっと彼らの希望になるんだろうなっていう気がします。

エードット時代の辻さんが手がけたヨーグルトメーカーとのプロジェクト。乳酸菌を風船やボールで表現。
エードット時代の辻さんが手がけたヨーグルトメーカーとのプロジェクト。乳酸菌を風船やボールで表現。

 そうですね。JICAでいうと、NINJAという途上国のスタートアップ企業支援のプログラムがあるんですが、様々なミッシングリンクもあるので、様々な外部パートナーの協力も得てそこをなんとか埋めたいなっていろいろ考えているところです。

 それは楽しみですね。私はよく“利他的利己”という言葉を使うんですけど、誰かのために自己犠牲を払う“利他”には、それによって自分自身に芽生えてくる豊かさみたいなもの、つまり“利己”となる部分がきっとあると思うんです。それを国内外の若者たちに体感してもらえる場を、ぜひ作っていってください。いつか私もチャレンジャーになるかもしれません。その時はよろしくお願いします!

辻 愛沙子(つじ・あさこ) 株式会社arca CEO / Creative Director
社会派クリエイティブを掲げ、「思想と社会性のある事業作り」と「世界観に拘る作品作り」の二つを軸として広告から商品プロデュースまで領域を問わず手がける越境クリエイター。リアルイベント、商品企画、ブランドプロデュースまで、幅広いジャンルでクリエイティブディレクションを手がける。2019年春、女性のエンパワメントやヘルスケアをテーマとした「Ladyknows」プロジェクトを発足。2019年秋より報道番組 news zero にて水曜パートナーとしてレギュラー出演し、作り手と発信者の両軸で社会課題へのアプローチに挑戦している。
 

原 昌平(はら・しょうへい) 国際協力機構(JICA)民間連携事業部長。
1966年東京都生まれ。1989年、海外経済協力基金採用。ロンドン留学、大蔵省(当時)出向などを経て1995年に復職、その後ニューデリー駐在。2008年、国際協力機構との統合により国際協力機構南アジア第1課長に就任。イラク事務所長、情報システム室長、南アジア部長などを経て2020年より現職。

独立行政法人国際協力機構(JICA)
https://www.jica.go.jp/

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写真 三宅史郎