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連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

「2000万円を差し出す」松永太が被害者一家に強要した“偏執的な念書”の中身

完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件 #63

2021/07/27

genre : ニュース, 社会

 起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。

 もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第63回)。

北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図

親族らとの分断工作によって

 1997年の夏以降、松永太と緒方純子による親族らとの分断工作によって、緒方家の面々は地元である福岡県久留米市に居続けることが難しくなった。

 前回(第62回)も記したが、緒方の妹である智恵子さん(仮名、以下同)と、その夫の隆也さん、長女の花奈ちゃん、長男の佑介くんの一家(以下、隆也一家)は、9月になると、実際は福岡県北九州市に滞在させられながら、熊本県玉名市や佐賀県佐賀市に住民票と本籍を移している。

 福岡地裁小倉支部での公判の判決文(以下、判決文)では、隆也一家のこの時期の状況について、次のように触れている。まずは智恵子さんについて。

〈智恵子は、××歯科医師会館に勤務していたが、殆ど欠勤することがなかったのに、平成9年(97年)5月13日から無断欠勤が多くなり、同年9月20日からは全く出勤しなくなった。

 智恵子の専門学校時代の友人A子(本文実名)は、平成9年9月ころ、連絡がとれなくなった智恵子を心配して4、5回智恵子の実家を訪れ、居合わせた和美(緒方と智恵子さんの母)に智恵子の所在を尋ねたが、和美は、「智恵子は父親が入院したのでその付き添いに行っている。」などと答えただけで、智恵子の所在を明らかにしなかった。智恵子は、平成9年10月ころ、上記A子に対し、突然電話をかけてきて、「熊本の玉名にいる。自分たちにはかまわないで。」などと申し向け、そのまま連絡を絶った〉

親戚付き合いや職場から切り離される

 次に隆也さんについてだが、彼は関東地方から久留米市に帰郷後、まずはJA(当時は農協)に勤め、続いて××土地改良区で94年6月から働いていた。

隆也さんの土地改良区勤務時代の源泉徴収票

〈隆也は、××土地改良区に勤務中、平成9年4月から6月までは殆ど欠勤することがなかったが、7月から欠勤が多くなった。隆也は、同年9月1日ころ、××土地改良区の上司に対し、「交通事故を起こした。示談交渉のために北九州の方へ行かなければならない。」などと言い、その後欠勤が多くなり、同年9月19日を最後に全く出勤しなくなった。隆也は、同年9月下旬ころ、上司から、「欠勤が続くので進退を明らかにするように。」と言われ、10月31日付けで退職し、退職金として平成9年12月25日に34万6541円が農協の隆也名義の口座に振り込まれた〉