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連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

《北九州監禁連続殺人事件》ついに緒方純子の両親にも「通電」による恐怖支配が始まった

完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件 #64

2021/07/27

genre : ニュース, 社会

 起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。

 もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第64回)。

北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図

緒方家の面々は心身ともに支配された状態にあった

 1997年後半の、緒方純子の両親や妹夫婦といった“緒方家”の状況について、まず結論から記しておくと、松永太と緒方による親族との分断工作によって、最初に緒方の妹夫婦の子供たち、長女の花奈ちゃん(仮名、以下同)と長男の佑介くんが7月下旬頃から、福岡県久留米市を離れて、松永らが住む同県北九州市の「片野マンション」30×号室で同居するようになった。なお、いまさら説明は必要ないかもしれないが、この場所は前年2月に、それまで監禁されていた元不動産会社員の広田由紀夫さんが衰弱死した部屋である。

 続いて子供たちが“人質”となったことで、緒方の妹である智恵子さんと、その夫の隆也さんが9月頃から、さらに、緒方の父の孝さんと母の和美さんが12月頃から、「片野マンション」で同居を始めている。

 前回(第63回)でも触れた通り、9月頃になるとすでに、緒方家の面々は松永に心身ともに支配された状態にあった。その理由として、緒方家が数多くの念書や確認書を書かされていたことを挙げたが、それだけでなく、松永が緒方家に対して直接的に、通電による暴力も行使するようになっていたことも大きい。

※写真はイメージです ©iStock.com

2度の緒方の逃走によって

 同年4月、緒方が大分県湯布院町に逃走した「湯布院事件」の直後、松永は緒方に対して通電を繰り返したが、その時期はまだ家族の前で彼女に通電することはなかった。

 ところが翌5月、緒方が北九州市のJR門司駅で逃走しようとした「門司駅事件」を起こすと、松永は「片野マンション」に呼び出した緒方家の面前で、緒方に通電するようになる。

 そして、この2度の緒方の逃走によって、松永が緒方家に対する支配の度合いを強めたことで、松永は緒方家の面々に対しても通電を行うようになったのだ。

 福岡地裁小倉支部で開かれた公判の判決文(以下、判決文)では、以下のように説明がなされている。

〈松永は、佑介を除く緒方一家に対し、事ある毎に、ささいな理由を付けて身体に通電した(ただし、被告人両名は佑介にのみは通電していない。)。松永は、電気コードを二股に割き、先端の針金をむき出しにし、その先端に鰐口クリップを取り付け、クリップを緒方一家の顔面、乳首、手足、陰部(孝を除く。)等に取り付けた上、電気コードの差込プラグを、家庭用交流電源に差し込んだ延長コードのプラグの差込口に接触させる方法で、瞬間的な通電を何度も断続的に繰り返した〉