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連載名画レントゲン

いちごを盗み食いしたのは…ウィリアム・モリスがデザインしたファブリックの裏には画家とモデルの三角関係!?

ウィリアム・モリス『いちご泥棒』(1883年)

2021/08/04

 今回は、ウィリアム・モリスがデザインしたファブリック「いちご泥棒」を取り上げます。カーテンやソファに用いられたもので、西洋では長らくこのような手工業の装飾芸術は絵画・彫刻などの大芸術と分けて「小芸術」として捉えられていました。19世紀末イギリスで、その価値を引き上げるため重要な役割を果たしたのがモリスでした。

 産業革命以降、労働が細切れになり、やり甲斐のない仕事に疲弊していく人々を見て、モリスは作ることに喜びを見出せる手仕事の復興を願って、質の高い壁紙・ファブリックなどの生産に尽力。社会主義者であることを公言し、その理想は普通の人たちの労働の喜びや、優れた製品を日々の生活の中で楽しむことの実現にありました。

 モリスのデザインは動植物をあしらった流麗な曲線で「空白恐怖症(ホラー・ヴァキュイ)」的に平面を埋め尽くすもの。少し呪術的な力さえ感じます。「いちご泥棒」は左右対称のパターンで、対になった鳥たちが縦に層をなしつつ、水平方向の流れも作っています。また、1組が斜めになっているので、ゆるやかなジグザグを形成して複雑さを加えています。

ファブリックのため、作品ごとに色みと発色の状態は少しずつ異なる。

 図柄の主役はいちごと、それを盗み食いしているツグミたちです。作品誕生のきっかけは、モリスがそんな風景をケルムスコット・マナーと名付けた別荘の庭で見かけたこと。そのとき庭師は「あいつらの首をへし折ってやりたい」と文句を言いましたが、モリスは鳥たちに触れてはいけないと指示したそうです。

 実は、この別荘を共同で借りていた画家ダンテ・ガブリエル・ロセッティとモリスの妻ジェーンは親密な関係にありました。もともと彼女はロセッティとモリスの盟友バーン=ジョーンズが見出した存在で、ロセッティの「プロセルピナ」(1874)のモデルをつとめたのも彼女。当時ロセッティには恋人リジーがいたため、ためらっているうちにモリスがさっさと結婚してしまったという事情がありました。不思議なことに、モリスは2人の関係を黙認し、二人きりで過ごせるよう長期の旅に出たりしています。モリスのこの態度は、どこかいちご泥棒に対するものに通底するような気がするのは考えすぎでしょうか。あるパーティでロセッティがジェーンにいちごを食べさせている姿が目撃されているのも意味深です。

 そんな「いちご泥棒」はモリスがデザインしたファブリックで最も有名で人気のある作品でしょう。まず生地を藍で濃く染めた上に、別の色に染めたい部分に抜染剤を置いて白く抜きます。薄い抜染剤を使った部分は薄い青、濃いものを使った部分は白く抜け、そこに版木で色ごとに捺染していきます。大変な手間暇がかかるもので、とても高価な商品になりました。モリスの理想を考えると、作り手のやり甲斐はあるものの、お金持ちではない一般人には手が届かなかったことは皮肉といえるかもしれません。

特別展「ウィリアム・モリス 原風景でたどるデザインの軌跡」
奈良県立美術館にて8月29日まで
http://www.pref.nara.jp/11842.htm

●美術展の開催予定等は変更になる場合があります。お出掛け前にHPなどでご確認ください。

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