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小林麻央さんのデビューから14年間連れ添った担当マネジャーが語っていた「麻央が亡くなった日」――2021上半期BEST5

私が見た小林麻央の5000日 #1

2021年上半期(1月~6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。女性芸能人部門の第5位は、こちら!(初公開日 2021年6月22日)。

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 2017年6月22日、小林麻央さんが34歳の若さで亡くなった。2014年に乳がんを告知されてから、2年8カ月に及んだ闘病の末だった。自らの病状を詳細に綴った彼女のブログは、同じ病に苦しむ人たちへの優しさに満ち溢れ、多くの人々の共感を呼んだ。

 上智大学在学中に芸能界入りした彼女を、芸能事務所、セント・フォース取締役の菅大善氏は担当マネジャーとして14年間支え続けてきた。麻央さんが亡くなって4年。その菅氏が麻央さんとの日々を振り返った「文藝春秋」2017年8月号の記事を、命日に故人を偲び、特別に掲載する。(※日付、年齢、肩書きなどは当時のまま)

(全2回の1回目/#2へ続く)

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 6月22日の夜、事務所の社長から電話があり、「麻央ちゃんが亡くなった」と知らされました。その瞬間に、頭の中が真っ白になりました。訪れることがないと信じ祈っていた日々。5年後、10年後、いや20年後も元気でいてくれたら、と願っていました。亡くなったという実感が湧かず、涙も出てこなかったのですが、その日はまったく寝られませんでした。

 翌日、自宅に伺って久しぶりに彼女の顔を見たとたん、胸にこみ上げてくるものを抑えきれず、涙が止まりませんでした。一緒に仕事をしてきた日々のことが、次から次へと思い出されてくるのです。

「お疲れさま」

 月並みですが、そう言葉をかけるのが精一杯でした。

小林麻央さん ©文藝春秋

麻央から毎年届く誕生日のメッセージが来なかった

 麻央――私は「麻央」と呼んでいましたので、普段どおりの言葉遣いにさせてください――。

 麻央から病気のことを知らされたのは、2016年1月のことでした。彼女自身ががんを告知されてから1年3カ月ほど経ったころです。私の誕生日は大晦日なのですが、彼女は毎年必ずメールやLINEなどでメッセージを送ってくれていました。ところが、2015年の誕生日は連絡がなかったのです。

2010年7月、結婚奉告のため成田山新勝寺を参詣した市川海老蔵さんと小林麻央さん ©文藝春秋

 少し前に連絡したときに「ちょっと体調が悪いんです」と話していたし、11月に長男の勸玄(かんげん)くんの初お目見えなどがあって、忙しいんだろうなと特に気にすることもありませんでした。すると年が明けて数日経った頃、電話がかかってきました。

「ごめんなさい。体調が悪くてメッセージを送れませんでした」と第一声は謝罪の言葉でした。続けて「実は私、がんなんです」と。私は、衝撃のあまり「え……、どういうこと?」と言ったきり、言葉が続きませんでした。