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《圧勝した五輪3位決定戦》「すみません。メダルの色が中途半端で!」“長嶋節”がすっかり消えたミスターの“第一声”

文藝春秋「長嶋茂雄と五輪の真実」#4

2021/08/07

 東京オリンピック・野球で日本代表“侍ジャパン”は準決勝で韓国に5対2で勝利。8月7日夜の決勝でアメリカを相手に初の金メダルを目指す。2004年、アテネ五輪野球の日本代表監督をつとめた長嶋茂雄さん(85)は、コロナ下での開催に心を痛めながらも、参加するアスリートたちに寄り添って「まず優勝して欲しい! とにかく金メダルを取って欲しい!! その金メダルの鍵となるのは、“日本野球の素晴らしさ”を世界に誇ることだと思います」と「文藝春秋」に激励のメッセージを寄せた。

 長嶋さんの緊急入院からアテネ大会の銅メダルに至るまでを取材した、ジャーナリスト・鷲田康氏による「長嶋茂雄と五輪の真実」第3回(「文藝春秋」2021年7月号)を転載する。(全2回の1回目/前編から続く)

長嶋茂雄さん ©文藝春秋

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「よく知っている日本との準決勝を選んだと思う」

「考えてみると、オーストラリアは、あえてカナダに負けて、キューバではなく、よく知っている日本との準決勝を選んだと思う」

 中畑が述懐するように、このときの豪州チームの監督、ジョン・ディーブルはボストン・レッドソックスの環太平洋地区担当スカウトとして日本のプロ野球をよく視察していた人物だ。さらに捕手のデーブ・ニルソンは「ディンゴ」の登録名で00年に中日でプレーしていた経験があった。またクローザーを務めたジェフ・ウィリアムスは現役の阪神のリリーバーで、豪州は、日本の野球、選手の特徴を熟知したチームだったのだ。

 だからこそとにかく正直に勝ち続けることだけを目標に掲げた日本に対して、豪州は戦略的にカナダに負けることで日本との準決勝に勝機を見出していたということだった。

中畑清 ©JMPA

 一方、日本は相変わらず豪州のデータ収集を巡り混乱が続いていた。

「あまりに情報がないので、城島が『自分の目で確かめにいく』と言って、選手みんなでオーストラリアとカナダの試合を観に行きました」

 こう語る主将の宮本もスタンドから攻略へのヒントを掴もうと、真剣な眼差しで両チームの選手の動きに目を凝らした一人だ。

 もちろんこのとき中畑、高木、大野のコーチ陣も、スタンドの別の場所からこの試合を観ていた。しかしそのことを知らなかった城島が報道陣に「なぜ中畑さんは観に来ないんですかね」と批判的なコメントをしている。こうして選手と首脳陣の間にさざ波めいたものが立っていたのも、情報不足への苛立ちが一つの原因だったかもしれない。