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「消してくれ!」レスリング銀・文田健一郎が懇願した“キス動画”

「ふがいない結果に終わって申し訳ないです……」

 男子レスリンググレコローマン60キロ級の決勝で苦杯を嘗めた文田(ふみた)健一郎(25)。銀メダルを獲得したにもかかわらず、リポーターが慰めるほど涙で顔をぐしゃぐしゃにした文田とは、一体どんな男なのか。

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自分で自分を追い込むタイプ

 小学5年からレスリングを始めた文田は、父・敏郎さんが監督を務める韮崎工業高へ進学。高校3年間では全国高校生グレコローマン選手権と国体の両大会で3連覇を果たした。

ニックネームは“猫レスラー”

「健一郎は自分で自分を追い込むタイプ。練習後に2、3回、熱中症で倒れたり、救急車で運ばれたこともある。それくらいぎりぎりの練習をしていました」(敏郎さん)

 日体大へ進学後、同じグレコローマンの選手で2歳年上の太田忍の付き人としてリオ五輪へ同行した。

「表彰式で太田が銀メダルを首にかけてもらうのを見て、突然、自分が出られなかった悔しさがこみ上げてきたそうです。期間中、太田のメダルには一度も触ろうとしませんでした」(スポーツライター・宮崎俊哉氏)

太田からの助言で我に返った文田

 リオ五輪後、2人は東京五輪の切符を激しく争い、勝ち取ったのは文田だった。その後、太田は総合格闘家に転向するも、後輩のことは常に気にかけていた。

 今年7月、日体大での追い込み合宿に顔を出した太田を文田はスパーリングに誘った。だが、1点も取れずに惨敗。落ち込む後輩に、太田は「無理をして攻めている。お前のレスリングはそうじゃない」と助言する。我に返った文田は1週間後、再び手合わせした太田に勝ち、自信を取り戻した。