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連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

実父、実母も呼び捨てに…緒方純子はヒエラルキーの上部で“過酷すぎる虐待”に手を染めた

完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件 #66

2021/08/10

genre : ニュース, 社会

 起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。

 もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第66回)。

北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図

門司駅事件後しばらくは下位の待遇だった緒方

 1997年の後半。福岡県北九州市の「片野マンション」(仮名)30×号室で、松永太の完全なる支配下に置かれていた緒方一家。

 そこでのヒエラルキーは、頂点に立つ松永の下に緒方純子がいて、枠外に広田清美さん(仮名、以下同)、最下層には緒方一家の面々という位置づけだった。

 前回(第65回)のなかで、緒方一家よりも優遇された緒方の生活環境について触れたが、緒方自身もその待遇に見合った態度を取っていたようだ。福岡地裁小倉支部で開かれた公判の判決文(以下、判決文)には、そこでの様子が明らかにされている。

〈緒方は、(松永からの逃走を試みた)門司駅事件後しばらくの間は、緒方一家や甲女(清美さん)より下位の待遇を受けたが、その1か月後くらいから和美(緒方の母)に対する通電が始まると、徐々に待遇が良くなった。平成9年(97年)9月ころから智恵子(緒方の妹)や隆也(智恵子さんの夫)が同居するようになると、緒方は、緒方一家より上位者として遇されるようになり、智恵子や隆也の監視役を果たし、同年11月ころからは、松永の指示を緒方一家に伝える連絡役等を果たすようになった〉

幼稚園勤務時代の緒方純子(1983年撮影)

待遇が良くなると、家族に高圧的な態度を取るように

 そこでの緒方は、自分の親族である緒方一家に通電の虐待を行う松永の側につき、手下のような役割を果たしていたという。

〈緒方は、松永が緒方一家に対し暴行、虐待を加えた際も、松永を制止したり、緒方一家を庇ったりしたことは全くなかった。緒方は、松永が居ないときでも、緒方一家を気遣ったり、いたわったりすることは全くなく、緒方一家が緒方に相談や依頼をすることもなかった。それどころか、緒方は、松永の指示があれば、これに唯々諾々と従い、緒方一家に対しても、仮借なく通電した〉

 緒方一家は所持金や預金通帳、運転免許証などを取り上げられていたが、それらの管理は松永に命じられた緒方が行っていた。また、「片野マンション」の玄関ドアチェーンにつけられた、逃走防止用の南京錠の管理も緒方の役割だった。こうしたなか、彼女は親族に対して高圧的な態度を取っている。