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「私は女優よ~」密着撮影を担当した東海テレビプロデューサーが目の当たりにした樹木希林の“素顔”

「私は女優よ~」密着撮影を担当した東海テレビプロデューサーが目の当たりにした樹木希林の“素顔”

『さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ』より #2

2021/08/21
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 言わずと知れた名女優、樹木希林さんは2018年9月15日、75歳でこの世を去った。ドラマや映画など数多くの作品に出演してきた彼女が「これが私の“自叙伝”」とまで語った作品が、東海テレビ放送制作の映画『神宮希林 わたしの神様』だ。人生初の「お伊勢参りドキュメント」の密着を行った同作品の撮影中、取材クルーが目にした出来事とは……。

 ここでは東海テレビ番組プロデューサーを務めた阿武野勝彦氏の著書『さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ』(平凡社新書)より一部を抜粋。樹木希林さんの人間性が垣間見える発言の数々を紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

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謎の雄叫び「私は女優よ~」

 徹夜明けの参拝。希林さんは、真新しい正殿に向かって進む。カメラが、石段の下から後ろ姿を追う。新旧正殿の違いはあるが、初参拝と同じ構図だ。

「何もお土産、新築祝い、持ってきませんでした……」

 二拝二拍手一拝。その時、正殿の御帳の大きな白い布が、ファッ、ファッ~。風に大きく舞った。真新しい神様のおうちが、希林さんの眼前に現れた。石段を下りてくるその姿は少しリズミカルで、表情は少女のようだった。それがロケのクライマックスとなった。

 名古屋に戻る大きなロケバス。車内は、ゆったり、希林さんと私と伏原ディレクターの三人だった。伊勢を出ると、ほどなく睡魔に落ちた。そして、目を覚ますと、高層ビル群が見えた。振り返ると、バスの後部座席で希林さんは完全に横になっていた。名古屋駅までまだ5分くらいあるだろうか。ぎりぎりまで寝ていただこう。

 ロータリーに車が入ったところで声をかけた。

「希林さ~ん。希林さ~ん」

「ええ? 何?」

「名古屋駅です」

 ガバッと体を起こし、外をキョロキョロ……。

「え~と。あのー。名古屋駅に……」

「なあに、突然、名古屋駅って。私は女優よ~」

 何だか、爆発的に面白いと思ったのだが、この時、希林さんが発した「私は女優よ~」の意味が、いまだに私にはわからない……。

「いきることにつかれたらねむりにきてください」

『神宮希林』のテレビ放送は、2013年11月。中身は64分。希林さんはナレーションスタジオで、上機嫌だった。VTRも原稿も、この時が初見で読み始める。あっという間にナレーション撮りを終えて、こう言った。

「ふつう、捨てるところばかり使うんだから。だから、面白いのかもしれないけどね」

 たとえば、伊勢うどんの店で、ハッピをめぐる大騒動。ほぼ撮影が終わったところで、店の女将が、遷宮の時に着用する特製のハッピを開いて、希林さんに進呈しますと申し出る。「これいいでしょ」と自信満々の女将に希林さんは一言。「いらない」と言い放つ。ハッピを挟んで、受け取る・受け取らないの押し問答が続く。こういうシーンが、希林さんが言う「捨てるところ」だ。しかし、そこには、モノをめぐる考え方が端的に、しかもユーモラスに出ている。捨てるどころか、珠玉の場面だ。